美術室の怪 5

「よく来たね」


 花子さんは女子トイレの前にいた。ニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべて私と夜行さんを出迎えてくれる。


 やっぱりどう考えても小学生の女の子にしか見えないけれど。口調が年寄りで差が凄い……。


「で、『美術室の怪』についてだが」


 夜行さんがさっそく話を始める。


「新しい妖怪で昼間も活動するというのは本当か」

「ええ。といってもまだ本物の妖怪になりきれていないようだけれど」

「ほんもの?」


 私が首を傾げると花子さんは「つまりね」とこちらに優しい目線を向ける。


「まだ『美術室の怪』は赤ん坊なのさ。善悪の判断がつかないほどにね」


 そこに夜行さんは「なるほどな」と頷く。


「退治屋に真神を使わせなかったのはそういうことか」


 夜行さんの言葉に私はさらに首を傾げる。


 分かっていないのは自分だけみたい……。


 心の中でむぅと口を尖らせる。


 夜行さんはあからさまにため息をついて「妖怪はどうやってできるか知っているか」と問いかける。


「?」


 そういえばそんなこと考えたことなかった。妖怪はただただ悪いものだと思っていたから。


「答えは簡単だ」


 私が答える間もなく夜行さんが答える。


「とある物事・事象に『人間』が関わったときだ。例えば俺もそうだ。『夜行さん』という妖怪は夜行日に外に出るなという戒めから出来た妖怪だからな」

「えーっと」


 私は頭をフル回転させる。


 夜行さんが言いたいのは……。妖怪が生まれるのは人間が大きく関わっているってことで。『美術室の怪』はまだ妖怪として不安定であって。


「『美術室の怪』がこの先どうなるかは人間次第ってこと?」

「そう! 大正解」


 花子さんにわしゃわしゃと頭を撫でられる。


「せっかく高校に新しい妖怪が生まれるんだ。いい関係にしておきたいだろう? だから退治屋さんにはどうにかして『美術室の怪』をいい方向に導いてほしいのさ」

「そう簡単に言われても……」


 私は大きくなった雀の姿を思い出す。


 それが出来たら苦労はしないどころか。悪い妖怪がいなくなって退治屋という職業すらなくなりそうだけれど。


「もちろん、難しいのは分かっているさ。だからこうして夜行さんと一緒においで、と言ったわけ」

「俺に退治屋の護衛をしろってことか」


 夜行さんは私を見ると「仕方ない」と人差し指で眼鏡を上げる。


「行くぞ」


 夜行さんはまた先に歩き出してしまっている。


「ちょ、ちょっと待って下さい」


 夜行さんは止まる気配がない。


「もうっ。待って下さいって言ったじゃないですかっ。そもそも美術室の場所分かるんですか!?」


 そこでやっと夜行さんはハッとして足を止めた。


 知らなかったのに行こうとしたんかい……。

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