ボーナストラックのボーナストラック

 いま現在、カフェ『desert & feed』は魔法生物管理局に併設されている。

 もともと管理局に収容されていた魔法生物たちの中でも適性の高いものたちはローテーションでカフェに出勤している。ミニマナラビットやカーバンクルは特にお客さんから人気が高い。


 彼らはカフェの営業時間が終わると、もとの管理局の収容室に戻っていく。

 収容室というと印象がよくないけど……しかし今の管理局は、種族ごとにできるだけ快適に過ごせるようそれぞれの住環境を整えている。

 まあそれなりに、ストレスなく過ごせてくれていると思いたい。


 さて。では、もともと『desert & feed』にいた魔法生物たちはどうなるか。

 彼らに専用の収容室はない。ちなみに彼らは法的には僕の所有物として取り扱われるので、そういう意味でも管理局の収容室を『保管場所』に使うのはマズい。

 だいたい、僕が嫌だ。ここ1年くらい、デザートムーンと別の部屋で眠ったことはないのだ。今さらみんなを収容室に入れてひとりで眠るなんて、寂しくて耐えられない。


 そういうわけで、『desert & feed』には小さな居住スペースが付設されている。

 僕と8匹の魔法生物が寝泊まりできる程度の設備と空間があり、僕は基本的にここで寝起きしている。いちおう自分用の小さい家も『desert & feed』の近くに買ったのだけれど、そちらはあまり利用していない。


「……ふう。みんな、今日もお疲れさま」

『くぁ~~~~~っ!』

『きゃんっ! きゃんっきゃんっ!』


 我ながら慣れた手つきで、8匹の魔法生物たちの夕食を用意していく。


 今日はなかなか大変な日だった。音楽祭の影響でけっこう人出があったらしく、『desert & feed』はずっと混雑していたそうだ。

 フレッドたち人間の店員はもちろん、魔法生物たちの仕事も多かったはずだ。ねぎらいの意を込めて、デザートムーン用のミルクに込める魔力を普段より少し濃い目にしておく。


『みゃう!』


 他のみんなのごはんも、普段より少しだけ豪華にしておいた。

 といっても混み合っている分お客さんからおやつももらっているだろうから、少しだけ。みんながみんな、エルフキャットのように魔力以外のカロリーを全部排泄してしまうわけではないのだ。


 ……そしてなにより。本日の功労者と言えば。


「ニャア、今日は本当に助けられたよ。ありがとう」

『――――』


 静かにたたずむ霊獣は、特に僕の言葉に反応することなくリングの実(高級なやつ)を囓った。


 大きなトラブルに見舞われつつも王都音楽祭は無事に閉幕した。ツイスタの反応を見てもおおむね大好評であったらしく、メルフィさんの名誉もそれなりに守られたと言えるだろう。

 その最大の功労者のひとり(1匹?)は、間違いなくニャアだ。ニャアの歌を聴く記憶はツイスタでまたたくまに拡散され、王国内外でたくさんの人が賞賛の声を浴びせている。


「明日から、カフェに出たら歌ってくれって言われるかもね」

『――――』

「あはは、わかってるよ。別に無理に歌わなくたっていい」


 やや嫌そうに首をかしげたニャアに僕は笑う。


 おそらくキリンの『音楽』は、特別なときにしか演奏されないものなんだろう。生物の心を癒し、幸福感を与える幻想の音楽。それもまた『霊獣』の持つ権能の一つなのかもしれない。


「……それにしても、レイククレセント。結局、炎狐ファイアフォックスが音楽を理解できる、ってわけじゃなかったんだなぁ」

『きゃんっ?』


 実はここ1週間の間、折を見てはレイククレセントにいろんな音楽を聴かせてみたりはしていたのだ。

 だけどどれも無反応だった。炎狐ファイアフォックスが音楽を楽しめるというのは僕の勘違いだったんだから、それも当然なんだけど。


 当然なんだけど、残念でもあった。


『――――――』

「ん。ニャア。どうかした?」


 ふと気が付くと、ニャアがリングの実を食べるのを中断してこちらをじっと見つめていた。

 じっと、じっと見つめ続けている。――もしかして、普段と違う食事が気に入らなかったのだろうか。そう僕が思い始めたころ。


~~~~~

~~ ~~~~ ~~~


「……え」

『にゃ~~~~ん?』

『きゃんっ! きゃんっ!』


 それは――特別なときにしか奏でられないはずの、キリンの音楽だった。


 首に巻き付いていたデロォン、近くにいたデザートムーンやレイククレセント、それにほかの魔法生物たちも。普段声を発さないニャアが突然鳴き始めたので、やや驚いた様子だった。


 だけどみんな、すぐに落ち着いてリラックスした様子になった。それはまさに、音楽祭で見たスノウウイングと同じような反応で――

 つまるところ。魔法生物たちは、音楽を楽しんでいた。


「……ニャア」


~~~~~~~~

~~~ ~~~~ ~~~


 当然なんだけど残念でもあった。

 僕の愛する魔法生物たちと、『音楽』という文化を一緒に楽しめないことは――当然なんだけど、残念でもあった。


 思えば。メルフィさんの依頼を断ったあとも僕がレイククレセントに音楽を聴かせ続けたのは、きっとそういう想いがあったからだろう。

 彼らと一緒に、音楽を聴きたかった。


 昼間のこの場所では隣の『desert & feed』から賑やかな音が聞こえてくるが、今はなんの音もない。静かな空間にキリンの奏でる音楽だけが響いていた。


 まるで、この世界にいるのが僕と8匹の魔法生物たちだけになったような感覚。


~~~~~~~

~~~~ ~~~~ ~~


『みゃ』


 いつの間にか膝の上で丸くなっていたデザートムーンが、幸せそうに目を閉じる。

 僕もそれに倣って目を閉じ――そして、気まぐれな追加楽曲ボーナストラックが奏でる幸福に浸った。

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魔法生物管理局を追放されたので、夢だった魔法生物カフェを開いてまったり暮らします~なんか管理局長が土下座してきてるけど、そのポーズはグリフォン種に威嚇だと思われるのでやめた方がいいですよ~ とてもつよい鮭 @nameless

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