ボーナストラック⑥
うんぼば うんぼば うんぼば うえぇ~~~い♪
うんぼば うんぼば うんぼば うえぇ~~~い♪
「……そもそも、だ。魔法生物にせよそうでない生物にせよ、基本的に音楽は理解できないのだ」
しかめつらしい顔つきのまま、アルゴ・ポニークライはそう語る。
「イヌやその近縁種にあたる魔法生物の一部が、ゆったりとしたペースの音楽を聴いてリラックスすることはあるそうだがな。だがこれはあくまで例外的な事例だ。音楽は、基本的に人間やエルフといったヒトの近縁種にしか効果を発揮しない」
「へ~……。なんでなんだろね? それ……」
「知るか。そもそも人間が音楽を楽しむメカニズムすら、正確には解明されていないのだ。動物が音楽を理解できない理由などわかるはずもなかろう」
うんぼば うんぼば うんぼば うえぇ~~~い♪
うんぼば うんぼば うんぼば うえぇ~~~い♪
「……だが、仮説は立てられる。単純な話だがな。魔法生物たちが理解できないのは音楽それ自体ではなく、あくまで『人間の音楽』である、という仮説だ」
「あぁ……。なるほど」
「ふん。有史以来、音楽と呼べる音楽を作ってきたのは人間とエルフだけだ。当然作られる音楽は人間とエルフの脳を揺らすことに特化した方向で進化していったわけだな」
「もしグリフォンに作曲能力があったら、グリフォンには楽しめて人間にはわからない音楽を作ったかもしれない。でも実際には、グリフォンに作曲能力はない……」
「なぜグリフォンを例に出すのかは知らんが、まあそういうことだ。やはりお前はなかなか理解が早いな、ルル」
うんぼば うんぼば うんぼば うえぇ~~~い♪
うんぼば うんぼば うんぼば うえぇ~~~い♪
「スローテンポな人間の音楽は、たまたま『ヒト種が楽しめる音楽』と『イヌ種が楽しめる音楽』の重なる場所にあったわけだな。ふん。今後人間の音楽が多様性を増していけば、またたまたま他の魔法生物が楽しめる音楽が生まれることもあるかもしれんな」
「……あ~~~。じゃあアレだ。たまたますべての生物が楽しめる音楽……ってのが生まれるのも、まあ、ありえるはありえるってことね……」
「理論上はありえるだろうな。だが、ふん。あくまで人間のために音楽を作る人間が、そんなものにたどりつけるとは思えん。もしそんな音楽を奏でることができるとしたら……」
「……できるとしたら?」
「あらゆる生物の立場に立って考えることのできる、まるで神のような高い視座を持った生物だろう。まあそんな生き物、実際に存在するとは思えんがな」
アルゴの生物学講座は、そんな言葉で締めくくられた。
うんぼば うんぼば うんぼば うえぇ~~~い♪
うんぼば うんぼば うんぼば うえぇ~~~い♪
「…………」
「…………」
うっは♪ うっは♪ うっは♪ ぼおぉ~~~~~ん♪
うっは♪ うっは♪ うっは♪ ぼおぉ~~~~~ん♪
「……つまりだな」
「うん」
「どうせあの
うっは♪ うっは♪ うっは♪ ぼおぉ~~~~~ん♪
うっは♪ うっは♪ うっは♪ ぼおぉ~~~~~ん♪
アルゴ・ポニークライとルル・マイヤーは、地上5メートルほどの位置で、粗末な木の板の先端に縛り付けられていた。
眼下には巨大な焚き火があり、その周辺を現地の住民たちが歌いながら踊り狂っている。発する言語の意味を理解しきれずとも楽しげなニュアンスは伝わってきて、なるほどこれが『人間のために作られた音楽』の力か、とルルは少し感心する。
「や、まあ……。しょうがないんじゃない?
「そ、そうかもしれんが……! だが邪魔したと言っても、小枝を踏み折って音を立てただけだぞ! それにすぐに謝った!」
「謝ったのがまずかったんじゃないかなぁ……。そもそも言語通じないし、あとウチら許可取らずこっそり儀式見てたわけだし……」
うっは♪ うっは♪ うっは♪ ぼおぉ~~~~~ん♪
うっは♪ うっは♪ うっは♪ ぼおぉ~~~~~ん♪
「くそっ。くそっ。この私がこんなところで死ぬのか? こんなことになるならフィールドワークなどするんじゃなかった……!」
「ん~。まあたしかに、ご老体にフィールドワークはきつかったかもね。こうなったのは別のところに理由がある気もするけど……」
「ぐ……ルル! 貴様はさっきからなぜそんなに落ち着いてるんだ! お前もこれから死ぬんだぞ! きっとあの炎に燃やされて!!」
「や、死にはしないよ。だって、ほら」
ルルが縛られている手のひらをくるりと返し、その中にあるものをアルゴに見せた。
そこにあったのは、魔法で生み出された回転する水の刃。おそらくこの刃があれば、自分やアルゴの拘束を外すことは容易だ。高度5メートルからの脱出も、ルルの魔法ならなんとかできるだろう。
アルゴは唖然とした表情で首をひねり、ルルを見つめる。
「き、きま、きままさ。貴様! なん、なんでじゃあ、すぐに脱出しないんだ! バカなのか! おい! 貴様はまだ若いんだから、私以上に死んじゃダメだろうが!!」
「や、うーん……。なんつーか……」
「なんつーか、なんだ!」
「勝手にお邪魔して、儀式の妨害だけして、するっと逃げ去って……。これじゃあまあ、今までのウチと変わってねえなあと思って……」
「はあ?」
戸惑いを隠せないアルゴ。
その隣でルルはすうっと大きく息を吸い込み、
「うんぼば ばん がんばぶぶばば べばらば!!!!!」
と、叫んだ。
アルゴの記憶にある限り初めての、ルルの大声だった。
「……うんば?」
踊り狂っていた現地住民たちが、ぴたりと動きを止める
ややあって、下から返事の声が返ってきた。
「うんぼば うぶぶげ げんぶばば ぼぉ!」
「うびぼぶ ばーばー ばんがぶば ばごぉぶ!」
「ばんばばん ぼ うんぼば うんぐ!」
「うんぼば でんぐ ばんがぶば びび どぶ!」
ルルと下の現地住民がやり取りするのを、アルゴはあっけに取られた表情で眺める。
「なん……。貴様、なんで、言葉、使え、」
「聞いて覚えた……。もちろん完全に理解できてるわけじゃないけど、捕まってから今まで、けっこう時間あったから……」
「は……はぁ?」
「それよりさ……。最近
「あ……? あ、ああ。いくつか思い当たる感染症がある。実際に見てみれば特定できると思うが……」
「おっけ。その治療に協力する条件で、ウチらを許してくれるってさ……」
「な、な、なんだと?」
ルルの言葉通り、眼下の現地住民たちが火を消し、アルゴたちの縛り付けられた木の板に向かって歩いてきた。どうやら下ろしてくれるらしい。
「き、貴様! 私たちを殺そうとしてきた連中のために、獣医の真似事をしろというのか!」
「嫌なの……?」
「嫌なわけがあるか!! あの
「じゃあいいじゃん……」
ルルは気怠げにそうつぶやいて、縛り付けられた状態のまま目を閉じた。
「でかい声出したら疲れた。地上に下ろされるまで時間掛かりそうだし、ウチちょっと寝るわ……」
「は? おい、ふざけるなルル! もし下の連中に声を掛けられたらなんと返せばいいんだ! というか貴様、この状況でよく寝れるな!?」
――アルゴ・ポニークライとルル・マイヤー。
この二人の新米魔法生物学者は、このあと
今はまだ、その事実を誰も知らない。
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ここまでお付き合いいただいてありがとうございます!
びっくりするくらい遅くなりましたが、『魔法生物カフェ』追加エピソード、『ボーナストラック』でした。
正直ここまで間を空けると誰も読んでくれないんじゃないかと思っていたのですが、想像以上に多くの方に読んでいただけてとても嬉しいです。マジ感謝。
いちおうこれを最後の追加エピソードにするつもりはなくて、またいずれなにか書きたいなぁという気持ちはあります。気持ちだけです。いつになるかはわからないので、よければ気長にお待ちください。
あ、ちょっとCMが挟まるみたいです。
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転生者ウーロはイカに変身できる。
いや、実は凄い力が秘められたイカだったりはしない。本当にただのイカ。
この世界のイカは太古の昔に滅びた生物で、実在したかすら疑われている。元の世界におけるUMA的なポジションらしく、なんか実は最強の古代生物だったという珍説もあるそうだ。
『相手の視界を奪う闇魔法を使えた』? それイカスミじゃないかなぁ。
『影でできた分身を生み出す闇魔法を使えた』? それもイカスミじゃないかなぁ。
しかしどんな珍説でも信じる人はいるものだ。
そして今回の場合、信じたのは無駄に知性と権力を余らせている、無駄に美しい王女様だった。
いつの間にかできていた、イカを崇める巨大な宗教組織! いつの間にか教祖になっていたウーロ! 「まあせっかくだし、この教会は俺のために役立ててやろう」というウーロのもくろみは果たして上手く行くのか!
これは――やがて人類を率いることになる、イカに変身できる男の物語。
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へえ。とてもつよい鮭の新作『イカを崇めよ ~イカに変身するだけの謎スキルを持って転生したら、イカ狂信者の王女様に崇拝されていつのまにか人類を率いてました~』が、本日11/25から毎朝7:00に投稿されるみたいですね。
これが投稿されている頃にはもう冒頭の何話かが読めるはずなので、これは読むしかないですね。
おっと、こんなところにURLがありますよ。
https://kakuyomu.jp/works/16817330667336062260/episodes/16817330667338974819
こいつは朝から縁起がいいや。クリックしてみるとなんだかいいことがありそうですね。
以上、新作の宣伝でした。
ところで『ボーナストラック』はもう1話続きがあるらしいです。よければあと1話、ぜひお付き合いください。
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