イカを崇めよ ~イカに変身するだけの謎スキルを持って転生したら、イカ狂信者の王女様に崇拝されていつのまにか人類を率いてました~

とてもつよい鮭

世界を我が(十本の)手に!

「ウーロ様。八本脚アームズ、配置完了しました」

「同じく二本脚テンタクルス、配置完了していますわ!」

『うん。ありがとう、みんな』


 空中の何もない場所から聞こえた声に返して、ウーロは水中を漂っていた自分の体をふわりと浮き上がらせる。 

 ちゃぽん、と水の音がした。水槽から抜けたのだ。

 体の周りに水を纏っているので、呼吸は苦しくない。そのままウーロの体は空中をふよふよと移動する。


『みんなここまで、本当によくやってくれたね』

「そんな! もったいないお言葉です!」

「気が早いですよ、もう。本番はここからなんですから」

『……うん。そうだったね』


 意図的に照明を抑えられた暗い部屋を抜けて、ウーロの体は明るい廊下に出た。

 くらむような光に不快感を覚えつつ、ウーロは体を滑らせるように移動する。

 そしてウーロの体は廊下を抜け、バルコニーに躍り出た。


 照りつける太陽。廊下のそれとは比べものにならない光がウーロの目を灼く。

 だがウーロは一時、その痛みを忘れた。


「うおおおおおおっ!! ウーロ様!! ウーロ様がいらっしゃったぞ!!」

「おおおっ! 朝日の下で白く光り輝くようだ! なんと美しいお姿か!!」

「ウーロ様! ウーロ様!! ウーロ様!!!!」


 眼下に広がる人、人、人。軍服をまとった彼らはいちようにウーロの名前を呼びたたえる。

 大地を覆うほどの兵士は、みなそれぞれがウーロの元に集まった戦士たちだ。

 声のうねりが、まるで巨大な波のように世界を揺らす。


『――世界の支配者は』


 声の波は、ウーロが声を発すると途端に静まった。

 凪の海のように静まりかえった兵士たちに向かって、ウーロは言葉を紡ぐ。


『世界の支配者は、愚かな人間たちであるべきではない』


 兵士たちが深々とうなずく。

 彼らは人間だ。自らの種族を愚かと称されて、しかし彼らに怒りの色はない。

 彼らは人間だ。ゆえに『愚かな人間の支配』というやつに、他のいかなる種族よりも深く絶望しているのだ。


『むろん、悪辣な魔族どもであるべきでもない。イヌにもネコにもスライムにもドラゴンにも、世界の支配者は務まらない』


 一拍間を置いたのは、演出的な効果を考えてのものではない。

 ただ単純に、ウーロは(おそらくこの世界で唯一)いまだに慣れていないのだ。このあとで発する言葉の奇妙なおかしみに。

 だがそれでもウーロは、宣言した。


「唯一世界の支配者たるべき種族。――それが、イカだ」


 一瞬の沈黙。

 そしてそののち。世界を揺るがす音の波が、ふたたび兵士たちから発せられた。


「うおおおおおおおおおおお!!」

「そうだ!! イカだけが!! イカだけが俺たちを導いてくれるんだ!!」

「ウーロ様! ウーロ様! ウーロ様あああああっ!!」


 兵士たちの声に呼応して、ウーロは右の触腕を高らかと掲げる。


「さあ行こう、我が精強なる兵士たちよ! 世界をふたたびイカの手に!!」

「世界をふたたびイカの手に!」

「「「「「世界をふたたびイカの手に!!!!」」」」」


 そして軍靴の音が世界を揺らす。

 すさまじい数の兵士たちが行軍を開始したのだ。世界をふたたびイカの手に戻すべく。


 こうして、イカの率いる大軍隊の進撃は始まったのだった。





 ……さて。

 ここらで一度、なぜ世界がこんな状況になっているか振り返っておくべきだろう。


 発端は、この場面から二十年ほど遡る。

 ウーロテウティス・アンバーグリス……通称ウーロが、この世界に生を受けたときにまで。

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