武蔵野の天使様は、喫茶店でみかんジュースを飲む 後編

 それから僕はスマホを駆使しつつ、しのを色々な場所に案内した。


 まず行ったのは、『武蔵野うどん』とやらを提供してくれる飲食店。名前に武蔵野って付いてるし、多分いいチョイスだろう。

 しのは湯気の立つ汁にうどんを絡め、ふーふーと冷ましながら食べていた。


「うーんっ、めちゃうまです! こんなにおいしい食べ物があるなんて、しのは知りませんでしたよ!」


 とても幸福そうにうどんを食べるしのを、僕は水を飲みながら眺めていた。おやつの時間なので僕は注文しなかったけれど、こうも美味しそうに食べられると、何だか羨ましくなってくる。

 しのはあっという間に食べ終え、「ごちそうさまでした!」と両手を合わせた。


 次に向かったのは、町中にあった本屋。これは僕が提案したというよりかは、道を歩いていたしのが興味を示したからだ。


「わあ、女の子が沢山います! 可愛いですね!」


 しのはラノベの棚の前で立ち止まり、うっとりとした表情をしてみせる。


「特にこの、猫耳が生えた赤髪ロングヘアのちっちゃい女の子! すっごく可愛いです!」

「ああ、こういうヒロインがタイプなんだね……」

「さつきくんはどの子が好きですか?」

「……銀髪が好きです」


 他の客に聞かれたくなくて、小さな声で返答する。でも二秒後に「へえー、さつきくんは銀色の髪をした女の子が好きなんですね!」としのが大声で言ったので、僕の試みは無駄になった。


 本屋を出た後は、近くにある自然公園に向かった。広がる芝生と、葉を茂らせている木々。子どもたちが楽しそうに、きゃいきゃいと遊んでいる。


「わあ、ここには自然が沢山ありますね! かつての武蔵野の面影があります」


 しのはそう言って、幸福そうに笑った。今日見た彼女の笑顔の中で、それは一番輝いて見えた。


 *


 僕としのは、喫茶店の中にいた。この喫茶店はビルの二階にあり、窓際の席ということもあって、外の景色がよく見えた。

 しのはみかんジュースをストローで飲みながら、広がる町並みを見ている。やがて僕の方に向き直って、楽しげに笑った。


「改めて、さつきくん。今日はしのに武蔵野を案内してくださり、ありがとうございました!」

「別に気にしないでいいよ。結構楽しかったし」


 僕はブラックコーヒーに口を付けながら、薄く微笑った。


「それにしても、武蔵野はすごい世界でした。五百年前とは全然違いますね」

「しのは昔と今、どっちの武蔵野が好きなの?」


 僕は興味本位で、そんな質問を投げかけてみる。しのはぱちぱちと瞬きをしてから、悩ましげな表情を浮かべる。それから、口を開いた。


「……選べません! 昔の武蔵野はとても自然が豊かで、いるだけで優しく穏やかな気持ちになれました。

 今の武蔵野は色んな楽しい場所があって、すごくわくわくする体験ができました。だからしのは、どっちの武蔵野も大好きです!」


「それは何より」


 しのは照れたように微笑んで、またみかんジュースに口を付ける。ストローから口を離して、頬杖をついた。


「武蔵野はこれからもずっと、移り変わっていくんだろうなあ。しのはそれが、すごく楽しみです!」

「よかったじゃん」


「はい! しのはもうそろそろ空においとましますが、五百年後にまた来ますから。そのときはまた案内をお願いしますね、さつきくん!」

「いや、多分僕五百年後は生きてないけど!?」

「ええっ! そうなんですか!?」


 しのが目を丸くしているのがおかしくて、僕は思わず吹き出してしまう。もう、何で笑うんですか! という不満げなしのの声が、喫茶店の喧騒に溶けていった。

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武蔵野の天使様は、喫茶店でみかんジュースを飲む 汐海有真(白木犀) @tea_olive

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