本文
地球滅亡のトリガーを引いたのは、きっと俺達人類なのだろう。
世紀末大戦と呼ばれる人類史上最大規模の世界大戦であり、人類の歴史の最後に綴られる終末戦争。長きに渡って続いた勝者無き争いの後、俺達を待ち受けていたのは、深刻な環境汚染によって死の大地と変わってしまった地球だった。
最早人々によって浄化システムを通していない空気は毒でしかなく、かつて人々が暮らしていた大地は生活するのが困難な土地へと変わってしまった。今では限られたシェルターの中で暮らすのみで、かつての繁栄は見る影もなかった。
「ま、これも運命って奴か。……必死になって生き延びた末がこれじゃあ、救われねぇな」
そして俺は、コールドスリープのためのカプセルで横になり、最期の瞬間を待っていた。
先日告げられた話によると、なんでもこのままのペースでいけば、シェルターに貯蔵している食料もエネルギーも遠からずに底をつくらしい。その後に待っているのは……まぁ言わなくてもわかるよな。
そこでお偉いさんが下した決断は、『人類の叡智を結集して発明した機械生命体に地球の再生と復興を任せ、俺達は再び外で生活できる時が来るまでコールドスリープにつく』ということだった。
(……ま、そんな建前誰も信じちゃいねーけどな)
これはそういう名目で下される、命の選別という名の安楽死である――というのが大方の見解だった。まぁ、それをわざわざ口にするような奴はいないが。
『――お待たせしました。これより、コールドスリープを実行します。被験者の皆様は、その状態のままお待ちください――』
アナウンスが流れ、目の前の扉が自動的に閉まってゆく。
これから死ぬかもしれないというのに、俺を含めて周りの人間はやけに落ち着いていた。理由はなんとなくわかる。長い戦時中を経て、今日まで終末の世界を生きてきたんだ。『ここまで頑張ったんだから、もういいよね』という達成感に似た諦観に浸っているんだろう。
カプセルの中に充満する煙によって意識が急速に奪われてゆく。思い残したことはいっぱいあるが……ああ、せっかくなら最期に美味いもん食ってから死にたかったな。
(はは。もし生まれ変わったら、次は平和な世界で普通に暮らしたい、もんだ、な――)
薄れゆく意識の中。俺は最期にそんなささやかな夢を抱いて、終わりがあるかもわからない眠りについた――
……
…………
………………
「あ、あのー。起きてくださーい。生きてますかー? し、死んでたら返事してくださーい」
耳に響き渡る誰かの声が、眠っていた俺の意識を呼び覚ました。
靄がかかったままの意識の中、声に誘われるがままに目を開く。ぼやけた視界の中、俺の目に最初に入ったのは、見知らぬ少女の姿だった。
プラチナブロンドの髪に、宝石を並べたような蒼と紅の瞳。そして、どこかあどけなさを感じる顔。まさしく美少女といった容姿だったが、頭についた獣のような耳が、彼女が人間ではないことを主張していた。
(……あー、夢でも見てんのかな。俺)
きっとそうだ。そうに違いない。だって現実にケモミミの美少女なんかいるわけないし。
自分の見た光景をそう結論づけると、再び目を閉じる。意識は自然と闇の中へと溶け込み、安らかな眠りに誘われる中で、誰かの声が遠くに聞こえた。
「……やっぱりダメですね。あまりに状態が良かったから、もしかしたら生きてるかもって思ったんですけど」
それは残念そうな、どこか気落ちした声だった。
見知らぬ少女の呟きに、間を置いて別の誰かが問いかける。
「ドウスル? レーネ」
「この死体だけでも持ち帰れば、きっと研究団は喜ぶでしょうけど……。きっとこの人も、そんな最期は望んでいないと思います」
続ける言葉は、残念がるというよりは、憐れんでいるようにも聞こえた。
だから、と。問いかけてきた誰かに向けて、少女は自分なりの答えを口にする。
「こういう時、かつての人類は死者の復活と安らかな眠りを願って、地面に穴を掘って埋めたと聞いたことがあります。私もそれに倣って、この人を埋葬しようかと――」
………………ん? 埋葬?
まるで他人事のように会話を聞いていた俺だったが、死者とは誰のことを言っているのか。
呆然としている意識の中で、考え辿り着いた答えは至ってシンプル。この場にいる彼女達以外の第三者。それってつまり、俺のこと? ……いやちょっと待て寝てる場合じゃねぇ!
「……っ、……って……れッ!」
「えっ? えっ? きゃあああああっ?! したっ、死体が動いたあああっ?!」
掠れて喉から出てこない声を諦め、長い眠りによって固まった身体を無理矢理動かし、ふらふらと起き上がった俺を出迎えたのは――少女の甲高い悲鳴だった。
完全に予想外だったのか、驚いて悲鳴を上げたケモミミの少女は、反射的にどこからか取り出した光る剣を振りかぶっていた。……ちょ、やばっ?! 考えるよりも先に、出てこない声を無理矢理にでも引っ張り出す。
「……て、待ってくれッ!! 俺の名前は鈴木透! 返事はするけど死体じゃないんで、埋葬だけは勘弁してくれ!」
既の所でピタリと剣が止まる。あ、危ねぇ……あと少し声が出るのが遅れてたら死んでた……。
俺の訴えが通じたのか、剣が首の横から静かにおろされ、目の前のケモミミ少女はきょとんとした顔を浮かべ、その口を開く。
「つ、つまり、埋葬より火葬がご希望ですか?」
「だから死体じゃねぇっつってんだろッ!?」
どこか間の抜けた少女の返答に、俺は衝動のままにツッコミを入れる。
俺の反応に対して脳内処理が追いついていないのか、少女はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。……とりあえず、ゾンビじゃないことは理解してもらえたみたいだが。
目の前の彼女は見た目だけなら可憐な美少女に見えるが、頭についたケモミミといい、手に持った謎の光る剣といい、その装備といい。現実というよりファンタジー世界の住民みたいだ。
(つか、ここ……どこだ?)
覚えている最後の記憶では、俺はシェルターでコールドスリープについていたはずだが……。
あたりを見渡した感じ、当時の面影は少しだけ残っているが……他の人が眠っていたはずのカプセルが見当たらない。大きな地震でも起きたのか、天井は崩落し、地面はひび割れ、隙間から雑草が好き勝手に生えている。
夢ではないことは確かみたいだが――ここは本当に俺達が暮らしていたシェルターなのか? 思考に耽る俺の目の前に現れたのは、ある
「ツマリ君ハ、生キテイル人間、ッテコト? 本当ニ? 本当ニ?」
「あ、ああ。……ってか、それ以外の何に見えるんだよ」
「ニン、ゲン、さん? え、本当の本当に??」
ぶらんと下げていた剣を腰に戻し、食い入るように距離を詰める。「ちょ、おま、近っ」という俺の声はガン無視して、感触を確かめるように頬を触ってきた。嫌がるように首を振るが、そんなのお構いなしにペタペタと触っては、少女は「わあ、わあ!」と感嘆の声を上げる。
「いや急に何すんだよ! つかお前は誰なんだよ?!」
馴れ馴れしい少女を払い除け、先程からの疑問を叩きつける。
すると彼女は「あっ」とつぶやき、無礼を詫びるように深く一礼すると、俺に向けて遅い自己紹介を始めた。
「ごめんなさい、まだ名乗ってすらいませんでしたね。私の名前はレーネ。この
「ボク、D-86:Ro。イツモ『ハチロー』ッテ呼バレテル。ヨロシクネ」
なんか気になるワードがいくつも出てきたが、一番気になったのは少女が最後に口にしたワードだ。俺は確認するように彼女に向けて問いかける。
「アンドロイド? つまりお前も、そこのハチロー? と同じ機械、ってことか?」
「はい。気になるなら、触って確かめてみてもいいですよ?」
「い、いや。それは遠慮しておくけど……マジで? 全然見えねぇ……」
俺の知っているアンドロイドは、ここまで人間に似た知能は持っていなかった。
確かにケモミミという人外要素はあれど、機械らしさは微塵も感じられない。会話に違和感がないどころか、自我や感情もあるように見える。言われなければアンドロイドだなんて思わなかっただろう。
「えーっと、で、ここはどこなんだ? 他の人間はいないのか?」
聞きたいことは山ほどあるが、気になったことを全部聞いてたらキリがない。
最優先で聞くべきことを考えた時、真っ先に思いついたのが現在地と他の人間の行方だ。ここは本当に俺達が暮らしていたシェルターで合ってるのか? 仮に合ってるとした場合、他の人間はどこに行ったんだ?
俺の質問に対し、レーネと名乗ったアンドロイドの少女は……少し悩む素振りを見せてから、歯切れ悪くもその問いに答えた。
「……えっと。一つ目の質問ですが、ここは今はエリア32と呼ばれている、未開拓領域になります。そして、二つ目の質問ですが……他の人間は、いません。いえ、正確には――生きている人間は、現状誰も確認されていません。何せ、かつて人類がコールドスリープについてから、およそ二万年の時が経っていますから――」
「は? ……え、っと、なんだって? 二万年?」
「せ、正確な年数は覚えてませんけど……大体それくらいのはずです」
レーネの言葉を理解するまで、数秒かかった。
理解してもまだ認められずに、あたりの様子に目を向ける。崩落した天井。ひび割れた地面。好き勝手に伸びる植物。考えて見れば、そこには長い時間が経っている証拠が揃っていた。……ただ、そこにいたはずの他の人間の痕跡だけを消して。
「えっと、人間さん? 大丈夫ですか?」
「は、ははっ……冗談きついぜ」
「冗談じゃなくて、事実なんですけど……」
「いやわかってるって。ただの現実逃避だよ真に受けんな」
俺にはレーネの言葉が本当か確かめる術はないが、状況的には納得せざるを得ない。ただ少しくらい現実逃避させてほしかったけどな。
嘆いたところで状況は変わらない。諦めるように大きく息をついた俺は、再び顔をあげる。
「とりあえず、俺の目が覚めたってことは、地球の再生に成功したのか? いや、天井があんなことになってるのに浄化システムなしで息できてる時点で、それには違いないか」
「……??」
俺の言ってる意味がわからなかったのか、首を傾げていたレーネに苦笑し、俺はふらふらと立ち上がる。どうやら、おやすみの時間は終わったみたいだからな。
起きたばかりで平衡感覚がまだ掴めていないのか、または長い眠りで筋肉が衰えてしまったのか、立ち上がったものの上手いこと立てず倒れそうになる。「っとと」と転びそうになった俺を、とっさにレーネが支えてくれた。
「だ、大丈夫ですか?!」
「悪ぃ、助かった。だいぶ身体が鈍ってんな……でもまぁ、寝てるわけにもいかないんでね」
そう言って俺は再び一人で立ち上がる。久々に感じた地球の重力は、やけに重い。今の俺には立っているだけでやっとだ。こんなに重たかったっけか。
「なあレーネ、だっけか? 悪いついでにひとつ頼みを聞いちゃくれねぇか?」
「は、はい。なんでしょうか?」
おずおずと聞き返したレーネに向けて、俺は「大したことじゃないさ」と笑いかける。
「外の景色が見たいんだ。ちょっと肩を貸してくれ」
「コッチ、コッチ!」
「ああ、わかってるって。んな急かすなよ。こちとら寝起きでまだ本調子じゃないんだよ」
薄暗いシェルターの廊下を、ハチローがライトで照らしながら先導し、その後に続く形で俺達が追いかける。まだ一人では足元が覚束ないため、レーネに肩を借りながら。
「あっ、見えてきました! あそこが出口です!」
そう言ってレーネが指を差した先は、かつてエントランスだったはずの場所。向こう側から差し込む光で、世界が真っ白に染まっていた。
あの先は一体どうなっているのか。俺が眠っている間に、世界はどう変わってしまったのか。気付けば俺はレーネの肩を借りずに、自然と駆け出していた。
「……っ!」
一陣の風が横を通り抜け、思わず閉じた目を開くと――そこには、俺の知らない新世界が広がっていた。
かつて様々な物資を運搬するため使われていた殺風景な広場は、様々な植物が生い茂る自然豊かな広場へと変わり、駐車場だったはずの場所には放棄されたトラックが錆びて朽ち果て、苔に覆われ大地と一体化している。
あれだけ建ち並んでいたビルの数々もそのほとんどが崩壊し、かつての面影を微かに残したまま植物や苔に侵食され、完全に大自然の中に溶け込んでいた。
かつて栄えていた文明は崩れ去り、変わり果ててしまった地球。
二万年もの時が経っていたら無理もない話だが――俺がかつて生きていた時代を考えれば、それは感動すら覚える光景だった。
「……はは、これがあの地球かよ。これじゃあまるで異世界じゃねぇか」
つい無茶をして駆け出したせいか。崩れ落ちるように地に膝をつき、大きく息を吸い込む。
いつか読んだ本で空気が美味いという表現を見たことはあったが……こんな感覚だったのか。俺達の生きていた頃の空気は、浄化してなきゃ吸えたもんじゃなかったのにな。
「人間さん、無理しちゃダメですよ! まだまともに動ける状態じゃないのに――」
「その人間さんってのはやめてくんねぇかな。俺には透って名前があるんでね。それに――」
後を追ってきたレーネは手を差し出してくれたが、俺はその手を借りずに一人で立つと、
「俺もいつまでも肩を借りてるわけにゃいかないんでね」
俺一人でも大丈夫だと、安心させるために笑いかける。
それなりに無理をしているのは事実だったが、甘えてるわけにもいかないからな。
無理を誤魔化すように背伸びをすると、改めて広大な新世界に目を向け、誰に言うともなくまとまらない思考を口にした。
「さぁてどうしたもんかね。目が覚めたのはいいものの、何から手をつけたもんか」
「あ、だったら一度、私達のコロニーに来ませんか? 人間さ……じゃなくて、透さんに紹介したい人がいるんです! きっとその人なら、透さんの力になってくれると思いますっ」
俺のつぶやきを聞いて横から飛んできた提案に、「お、そいつはいいね」と賛同する。
ちょうどよかった。俺としても今の町がどうなってんのか気になってたところだったしな。
「じゃ、道案内頼んだぜ。レーネ」
「はいっ! よろしくお願いしますね、透さん!」
③アルカディア・トラベラーズ! ko2N @neko25fox
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