これはこれで利害一致の関係ではある
赤月 朔夜
これはこれで利害一致の関係ではある
私はため息をついた。なぜなら進行方向に人ならざる者の姿が見えたからだ。
薄暗い中、街灯に照らされたそれは人ほどの大きさだ。真っ黒な布を頭から被ったように見えるそれの足は傘のように細く、靴は履いておらず剥き出しの足に指は見当たらない。そして中身がないかのように布の中はすっからかんだ。人で言う後頭部の辺りには布が枝分かれしていて髪のようになっている。しかし髪のように細くはなく、まるで木の枝のように太さがあり硬質そうだ。重力に逆らって横に上にと伸びている様はまるで鹿の角のようにも見える。手、と言えるかは分からないが下から上に布が避けているので手のように見えなくもない。
そして顔だが、布が垂れていて見えなくなっている。
特筆すべきは、それの周辺がガラスにひびが入ったようになっていることだった。しかもそのひび割れからは夕焼けのような赤が滲んでいる。
今が夜であるからこそ、まるでそこだけ夕暮れが取り残さているようだった。
これまでにも不可思議なものは見てきたが、これは初めてだ。
「もしもし
スマホに着信があったように振る舞いながらどうするかと思考を巡らせる。
幽霊というよりは妖や物の怪といった類のような気がする。
何であっても1番安全なのは関わらないことだ。そう判断して遠回りすることに決めた。
「あぁはい。そう遠くない所にいるのでそちらへ伺います」
遠回りをするなら目的地まで30分はかかってしまうが背に腹は代えられない。
君子危うきに近寄らず、だ。
腕時計で時間を確認して振り返ったところ、さっきまでは居なかった別の人外が居た。
くそがっ!
内心で毒づきながらちらりと見る。
軽自動車ほどの大きさで人の手の集合体のように見える。その手は様々で子どもから老人まであるようだった。
即座に視線を外す。
ひび割れ布か、手の塊か。
どちらがましだろう。
ひび割れの方は別の世界へ迷い込んでしまいそうな危うさがあり、手の方は取り殺されそうだ。
「あ、そこまでする必要はない? 承知致しました。また改めてご連絡させていただきます」
しばし
『繋がってないよね?』
スマホを耳から離そうとした直後、そんな声が聞こえた。声変わりをしていない男子高校生のような声だった。
ひぇ、と息を飲んで恐る恐る画面を見るといつの間にか非通知で通話状態になっていた。
『もしもーし』
未だ通話状態は維持されスマホから声が聞こえる。
これはまれにあったことだ。初めてじゃあない。
そう自分に言い聞かせて落ち着かせる。
私は布の方を見た。
それの顔と思われる部位は私の方を向いていた。
『後ろ』
え、と思って振り返る。いつの間に近づいて来ていたのか、手の塊がすぐ傍にまでやって来ていた。
いくつもの手に掴まれて引っ張られる。
視界が一瞬にして暗闇に包まれる。
まずいまずいまずい!
どうにか暗闇から抜け出そうともがくが、どこにそんな力があるのかと思うほどの強い力で引っ張られる。
『助けてあげようか? 僕の手伝いをしてくれるなら』
スマホからの声。藁にも縋る思いで助けを請おうとするが、続く言葉に頭が冷える。
直後、首に手が掛かり締められる。
「……助けてくれっ!」
命の危機を感じて叫ぶ。
一瞬で暗闇が晴れた。
体に絡みついていた手が離れていく。
引っ張られていた方を見れば、何かを包み込んでいる黒い布が見えた。
その何かはちょうど手の塊と同じ大きさのようだ。
黒い布はどんどん小さくなっていき、やがてぱらりと開いて元の大きさになった。
そこにはもう何も残っていなかった。
咳き込んでから空気を吸う。
逃げてしまいたかったが、逃げ切れるような気もしないし状況が悪化するようにしか思えなかった。
ひとまずはとお礼を言った。
「……私は何を手伝えばいいのでしょうか?」
反応がなかったため、おかしな手伝いではないことを願いながら私はスマホに向かって声をかけた。
これはこれで利害一致の関係ではある 赤月 朔夜 @tukiyogarasu
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