書籍二巻発売記念「ローズマリー・アンダントの一日休暇」

淑女戦士プリティ♡レディ 第一話

 ローズマリーの朝ははやい。朝の四時に彼女は目覚める。

(朝ね。さて、仕事を始めないと……)


 しかし。その日はいつもと違っていた。

(あれ?)

 視線がかなり低い。おまけに少し暑苦しい。腕を見ると真っ白い毛が隙間なく生えており――

(!?!?!?!?!?!?)

 鏡に飛びつくように走る。ジャンプ力が桁外れている。鏡に衝突したローズマリーは、ぶつけた顔さえ気にせず鏡を確認した。

「――――!?!?!?!?!?」


 つまるところローズマリーは、小さなちいさな猫になっていた。

 しかも――二足歩行の。


 ローズマリーはおののいて、メイド服にも着替えず真っ先にお嬢様のもとへ向かった。


「マリーナ様!大変ロジーッ!」


 ――さらに、声がまともに出なかった。

「ろ、ロジー! ロジー!?」

「どうしたのローズ。そんなに慌てて」


 麗しき黒髪の令嬢マリーナは穏やかに猫を迎えた。なぜそんなに平静でいられるのだろう。ローズマリーは真っ白な両手(肉球付き)を見下ろした。

「こ、こんな姿で大変申し訳ありませんロジ、気づいたらこんな姿に……ロジ」

 心からの言葉もふざけているように聞こえてしまう。

「いいのよ、ローズ。それがあなたの本来の姿」

「ロジ!?」

 お嬢様が何を言っているかわからない。わからないで居るうちに、真っ白い手が伸ばされてローズマリーはマリーナの膝の上に抱え上げられていた。

 

(なんなの! なんなの!?)

 ローズマリーは怒りさえ覚えながら自らの現状を呪った。

(どういうことなの? どうして私は猫ちゃんなの? しかも二本足で歩くの? そこは四本じゃないの?)

 言及したいことは山ほどあった。 理解できない。しかしローズマリーのさらに理解できないことには、主たるマリーナがこの現状をすんなり飲み込んでいることだ。



「グレイス様、ごきげんよう。いいお天気ですわね」

オルタンツィア家のお茶会に連れてこられたローズマリーは、猫そのものの警戒心で周りを観察した。かつての職場――ここにはイーディスがいる。

 イーディス・アンダント。ローズマリー・アンダントの妹分だ。


(イーディスにはこんな姿見せられない……というより、見せたくない!)


 イーディスが来たら不敬を承知でお嬢様のドレススカートの下に隠れてしまおうと心を決めたそのときである。


「イディー! ロージィ姉さんイディ!」

「こら、イーディス。走らない」

「はいイディ」


(え?)


 ローズマリーは最高に最低でいやな予感がした。


 そこに居たのは二足歩行の犬だ。緑色のリボンをつけている。ローズマリーがちょうど、ピンク色のリボンで首を飾っているのと同じように。


「イディー!」


 主たるグレイスフィールに余すところなく体中をなでられて目尻を下げている犬を見て、ローズマリーは体中の毛を逆立てた。


「イーディス! なんてことなのロジー!」


 もうしっちゃかめっちゃかである。




「今日は作戦会議と参りましょうか」

 グレイスフィールが神妙に話を始める。イーディスはその膝の上でなでられ続けていた。眉も目尻もだらしなく下げた甘ったれの表情は意味もなくローズマリーを苛立たせた。

(どうなの、あの関係性は……ありなの?)

 ローズマリーはメイドだ。そしてイーディスもメイドの端くれ。主人と従者の心得くらい、イーディスだってわかっているはずだ。

(私が屋敷を去ってから何があったというの…………)

「マリーナ。敵の動きは」

「ええ、悪の組織デスメイド倶楽部くらぶは最近歓楽街の方角で勢力を拡大しつづけていて」


(敵!? 何? 悪の組織デスメイド倶楽部?)


 何が何だかさっぱりわからない。


「歓楽街ね……わたくしたちと縁遠いところを狙ってきたのね、向こうは」

「ええ、そして最も治安の悪い廃工場のあたりを根城にしているとか」

「誰からの情報?」

「ハインリヒさんの情報ですから間違いはないかと」

「そうね、それは確かだわ」


「あのう、お嬢様方。何のお話をなさっていらっしゃるのですかロジ?」

 あまりのことにローズマリーは口を挟んだ。

 しかし、このふざけた語尾はなんとかならないのだろうか。

「いいこと、ローズ」

 

 マリーナはローズマリーの瞳をじっとのぞき込んだ。

「わたくしたちの使命は、この町を守ることだわ。そのために、わたくしたちプリティ♡レディがいるの」

「プリティ♡レディってなんですかロジ」


 率直に聞き返したローズマリーを誰が責められようか?


「変身した方が早いわ!」

 グレイスフィールがうたた寝していたイーディスを担ぎ上げた。そして。手を天にかざし、声高く叫んだ。


「メイクアップ!レディ――!」







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転生したらポンコツメイドと呼ばれていました〜前世のあれこれを持ち込みお屋敷改革します〜 紫陽_凛 @syw_rin

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