「目指すのはあの光」第三話

 一方そのころ、48星域のグレイスフィール――。

「お兄様、もう少しよ。もう少しで助けが来るはずよ」

 散らかった部屋の中に浮遊するごみをかき分けて、窓に張り付いたグレイスは暗い宇宙の向こう側に目を凝らした。

「来るはずよ」


 蒼白な顔をしたヴィンセントは、手すりに摑まるようにしながら浮遊する妹の部屋のごみを手で避けていた。主に書き損じの紙。汚れとりのティッシュ・ペーパー。

「重力装置が壊れたときのことを考えろと何回も言ったろうグレイス」

 このセリフの間にも三回は手でゴミを押しのけている。

「まさか本当に壊れてしまうなんて思ってもみなかったの」

「はぁ……」


 ヴィンセントの心痛は推して量るべしである。しかしヴィンセントの顔が青いのは、そのためだけではなかった。

「傷が痛むの? お兄様」

 グレイスが跳ねるようにヴィンセントのもとへと戻っていく。ヴィンセントはあばら骨からにじみ出る鈍痛に、顔をしかめた。

「……少しな」

 宇宙船が何者かに攻撃を受けた際、衝撃で打ち付けてしまったのだ。グレイスは兄の青い顔を見上げて、静かに唇を噛んだ。

 この船はもう長くない。酸素は残り僅か、無事なのはこの部屋だけ――


 そこへ――。


『お嬢様ァ! 旦那様ぁ!』

 こちらへぶっ飛んでくるメイドロボが一機。緑色の瞳、あの機体は。

「イーディス!」

 グレイスは喜色を顔ににじませて、窓に張り付いた。

「イーディス! お兄様! イーディスが来てくれたわ!」

「本当に……?」

「そうよ、イーディスよ!」


 窓に張り付いて、グレイスはイーディス機に必死に呼びかけた。「イーディス!ここよ!ここ!」

 

『お嬢様! 旦那様! どちらにいらっしゃいますか!』

「イーディス!」

 交わらない声はむなしく響く。グレイスはどんどんと船の壁を叩きまくった。

「イーディス、ここよ、イーディス!」

「グレイス、そんなに叩いたら!」ヴィンセントが鋭い声を上げた、次の瞬間。


 ボコッ!



「あっ、う、噓でしょおおおおおおおお!?」

 グレイスフィールは勢いあまって宇宙空間に放り出される。

「グレイス! グレイスフィール! そこは補修が甘かったんだ! グレイス!」

 兄の声は届かない。グレイスは銀髪をふわりと広げて落ちていく。まるでスローモーションのように。


 そしてこれはイーディスの見ている夢なので、。グレイスは足場をなくしてふわふわと緩やかに漂っていく。

「どうしよう、どうしようこれ! イーディス!」

『お嬢様ーッ!』

 イーディスは視界の端に主人の姿をとらえた。そして全速力をもって操縦桿を傾ける。

『ただいま参ります!』

 両手を差し伸べてグレイスの身体を受け止める。


「おそい!おそい!うわーん!ばかー!」

 グレイスはイーディス機の指に顔を押し当ててめそめそ泣いている。間に合ってよかった……そう安心しかけたとき。


 イーディスの背後を光が過ぎった。


 それは金色の機体。船の形をしたそれは人型に変形して、あろうことか……オルタンツィアの船のに手を突っ込んだ!


『あっ!? 何!?』

「お兄様! お兄様ー!」

『ヴィンセント様!?』

 金色のそれは両手の中にヴィンセントをおさめて、そのまま飛び去ろうとする。イーディスは構えようとして、令嬢を手に乗せたままだと気づく。

『お嬢様、とにかくコックピットに!』


 令嬢を乗せたイーディスは、去り行く金色の謎の機体を追いかけるために操縦桿をぐっと倒して――不審な電波を傍受した。


『オルタンツィア社長はわたくしのものよ、おほほほほ!』

「誰よあなた! お兄様を返しなさいよ!」

 グレイスが果敢にも噛みつく。

「そんな雑な持ち方許さないわ!もっと丁重に扱って頂戴ちょうだい!」


――お嬢様、そこ?


『もちろん、丁重に扱わせていただきますとも』


――誰だかわからないけど、律儀だな……。


 わざわざ通信でコンタクトを取ってくるあたりが。そして噛みつくグレイスに丁寧に答えるあたりも。というか全体的に誠実だ。その以外は。


『わたくしが誰か? そうね。――この世界を最終的に掌握するもの、その頂点に君臨する女帝とでもいうべきかしら。世界はわたくしの手の中にある。そしてヴィンセント・オルタンツィアも手に入ったことだし……』


――キャラが濃い。めっちゃ濃い。だれこれ? え、私知らない。知らない人だ。

知らない人出てきた。


 イーディスにもこれが夢だということが理解されているころだった。没入できない夢はばかばかしくもあったが、なんだか気にかかる。

『いずれあなたも私のものにするわ! まっておいで、グレイスフィール!』

「だからだれよ!」


――ほんとに誰だろう。


「お兄様を返して!」

『おーっほっほっほっほっほ!』

「お兄様ーー!!おにいさまーッ!!」


 くして、オルタンツィア家の令嬢グレイスフィールの闘争が幕を開け――


ない。



 ぱちりと目を開けたイーディスは、何もない天井を見つめた。宇宙もメイドロボも謎の金色お嬢様もいない。

 腹が立つほど、背中に冷や汗をかいていた。イーディスは髪の毛をぐしゃっとやって、寝なおすために布団にもぐりこむ。


「いや、意味不明すぎるでしょう……」




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