「発進!イーディス」第二話

「対宇宙飛行戦闘機M・A・ID、展開します。システムオールグリーン、」

「エンジンコア出力、最大。いつでも行けます。――応答してください、イーディス!」


 アニーとシエラの声を両耳に、イーディスは操縦桿そうじゅうかんを握ったまま震えていた。飛行形態から人型に姿を変えた戦闘ロボにはなぜかふんだんにフリルをあしらったメイド服が着せられている。


――なんなのこの、この、具合が悪い時に見る夢みたいな……!


「応答――イーディス、聞いてる!? あんたの任務はグレイスフィールお嬢様と旦那様を救出してここに戻ってくることよ! 戦うことじゃないからね! はい復唱!」

 通信越しのアニーが大声を出すから、イーディスはひそかに顔をしかめた。

「わかった、分かったわよアニー! 任務はお嬢様と旦那様の救出。戦闘ではありません」

「発進準備完了」声音を戻したアニーは続けた。「ユー・ハブ・コントロール」

 イーディスは覚悟を決める。

「O.K.Ihave control」

 アクセルを踏み込む――のではなくメイド型ロボットのエンジンが起動する。機体が態勢を変え、ぐっと揺れる。しかしイーディスはひたと前を見据えた。身体はどういうわけか操縦を覚えていた。


 力を溜めるように前傾姿勢になると、エンジン音が強くなる。


「――イーディス、飛びます」

動き出す、加速する機体。靡くクラシカルメイド服。身体にかかるG。

イーディスは黒々とした宇宙空間を、緑色の流星のごとく駆け抜けていく。


「うーん、さすが、いい発音ー」

 これはシエラの暢気な感想である。アニーはでかでかとため息をついた。

「そんなこと言ってる場合?」

「うん、だって大丈夫だよ、これ夢だし」




 イーディスは無言で宙域を突っ切っていく。目標とする座標まではまだ遠いはずだが、――どういうわけか戦闘の光が見えてきた。


『――ス!イーディス!ちょっと手伝いなさいよ!』

 メアリーの声だ。

『退却しようとしても、追手が撒けない!』ジェーンが叫ぶ。


 飛び交うビーム砲のただなかに、その敵機が姿を現した。深紅の細い機体。頭部から垂れている黒い房飾り。動きを追いきれないほど早いその操縦。エミリー機が応戦しているが、すでにボロボロだ。メイドロボは確実に押されていた。宇宙空間に漂う塵になりかけている。武器を落としてしまった機体をいたぶるように赤い軌跡が走っていく。イーディスは目玉だけでその動きを負った。


――これが3人娘を邪魔してるっていう敵機……でもここで私が応戦してしまったら、お嬢様と旦那様の救出が遅れる……!


 幸運にもまだ赤い敵機はこちらに気づいていないらしい。この宙域を抜けるなら今だ。素早くお嬢様と旦那様を救出して――。


『今のうちに逃げなさい! メアリー、ジェーン!』

 エミリーの乱れた通信が聞こえるや否や、メアリーとジェーンはそろって悲痛な声をあげた。

『エミリー!』

『そんなことできるわけないじゃない!』

『二人だけでも生きて帰りなさい!』

 涙声のジェーンが叫ぶ。

『エミリー! いや! いやよ!』


――ああ、もう! もう! 私こういうの弱いのよ! だめなのよ! 


「だあああああ! もおおおおおお!」

 イーディスは思い切り身体を前のめりに操縦桿を押した。メイド服のわずかなフリルが揺れる。帽子がずれ落ちた。しかし関係ない。


「やるときめたらぁ!」

 メアリー機にとどめを刺そうとするその背後に最高速度で回り込み、赤い機体の房飾りをグイっと引っ張る。そしてそのままビーム砲をその頭に向けた。

「やるっ――――!」


 ドンッ!


 黒い房飾りが煙を吹いた。イーディスは髪の毛みたいなそれをぽいと放ると、武器カトラリーに持ちかえる。カトラリーとは、書いてある通り巨大なナイフとフォークだ。


「お客様をおもてなしするのもメイドの勤めっ、とっとと片付けて次に行かなくちゃ!」

『――くく、ははは、面白いな、女! 気に入った!』

 頭から煙を出しながら、赤い機体が答える。男の声だった。

『名前は!』

「ただのハウスメイドよ」

『決めた、お前を連れて帰る。俺のものになれ、女!』


 煙の向こう側から赤が迫る。イーディスは交差したカトラリーでそれを受け止めた。赤の追撃はなお激しく、イーディスはかろうじてそれを受け流す。


おれの心をここまでかき乱す奴は久しぶりだぞ!』

「お生憎様、私はちっとも動いてないわ、よ! おとといきやがれッ」


 赤い機体を押しのける。馬鹿力だけは取り柄だ。遠くに弾き飛ばされた敵を見もせず、メアリーたちが退却していくのを横目に、イーディスはひたと目標座標を見据えた。そして最大出力でもって宙域からの脱出を図る。

『待て!』

「邪魔をしないで、赤いの! あんたに構ってる暇はないの!」

『ユーリだ。……ユーリ・ツェツァン。いずれお前を我の女にする男だ!』

「は? 勝手なこといわないでよッ!」


 身体にGがかかる。かかる。だけど。


――旦那様、お嬢様ッ!


 寒い宇宙に、二人を失うわけにはいかないのだ。

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