書籍発売記念!「遥か流星を目指して」

「目指すものは遥か」第一話

 【beep!beep!】


 艦内じゅうに警告音が響き渡る。敵襲だ。イーディスは寝袋の中でぱちっと目を開けた。

 敵襲時のパイロット候補生のマニュアル。

非常時の出撃エマージェンシーのために備えよ。

操縦服パイロットスーツをまとい待機ステイ

 つまり……やるべきことは……まずは体を起こしてパイロットスーツを……、


 【beep!beep!】


 と頭の中でチャート図面をたどっていたイーディスの耳に、信じがたい指示が飛び込んでくる。


『イーディス! イーディス・アンダント候補生! 今すぐ指令室へ、繰りかえす』

「へえっ!?」


 赤色灯がぐるぐる回る中、イーディスは寝室カプセルからはじき出されるように飛び出した。


「ひゃわああああ!」


 名指し、直々のお呼び出しだ。重力の抵抗が少ない通路を手摺り伝いに高速で跳んでいくイーディスの茶髪はに乱れている。気づいたイーディスはわしゃわしゃと髪の毛を掻き回した。


「あ、あわわわわわ」


――どうしようどうしようパイロットスーツ! 寝巻のまま出てきちゃったぁあ!


 しかし一度動いてしまった体に逆らう時間も無ければ、戻って着替える時間も残されていない。


 指令室で寝巻のイーディスを睥睨するのはメイド服をまとったである。


「イーディス・アンダント候補生!あなたはいつになったら当家のハウスメイドである自覚を持てるのかしら!」

「はひい! しゅみませんッ、すみませんん!」

 これについて、イーディスは噛みながらも平謝りするほかない。しかし、ん? と頭の隅で何かを思い出しかける。


――ん? ハウスメイド?


「もう、残されたハウスメイドがこれっきりだなんて、この家も終わりよ!」

 メイド長は顔色を青くして、艦の正面を睨みつける。そこには無限の宇宙が広がっていた。


 ――宇宙と……ハウスメイド? 何?


「戦況は、アニー」

「きわめて悪いです、メイド長」

 アニーが努めて淡々と言う。しかし声色に覇気がない。

「48星域の……お嬢様と旦那様からは応答ありません。パイロットだけでも回収しなければ……お二人を失うわけには……」

「――たった今向かわせた三機は? メアリーたちは?」


──メアリー……たち? ん?


「37星域にて敵と交戦中です」

 アニーの受け答えが途切れると、レーダーを睨んでいたシエラが声をあげ、振り返った。

「メイド長! 48星域に未確認機が近づいています、危険です! お嬢様たちが!」

「敵なの、味方なの⁉」

「わかりません……!」


──あ、これ、夢だ。


 イーディスにはなんとなくわかってきた。これが「夢」らしいことが。これが夢と現実がごちゃ混ぜの、とんでもなく壮大な(?)スペース・オペラ調の何かであることが。

 でも、夢であろうと、なんであろうと、お嬢様も旦那様も失うわけにはいかない。それはイーディスの矜持きょうじが許さなかった。


──やれることをやる。やると決めたら……!


「ハウスメイド、イーディス・アンダント、出撃します!」


 重力に逆らってふわふわする髪の毛を手早くまとめる。そしてイーディスはきっとメイド長を見た。


「それがハウスメイドのお仕事なんですよね!?」


――多分、っていうか! 絶対違うんだけど! この世界ではそーゆーことになってるのよね!?


メイド長は重々しく頷いた。

メイド服操縦服を着なさい。準備出来次第、発進よ」


──まじかー!


 どうやらこの世界ではメイド服が戦闘服のようなのである。


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