第43話 決意

 桜蘭学園の教室。授業の前の時間。

 学園では各々の生徒たちが楽しげに過ごしていた。


 平等院がタケルの席の前に来て、隣は沢村。


「草薙くんがハンターを目指すだって⁉」


 顔面どアップの平等院が、前のめりになってタケルに迫る。


「君はもう桜蘭会の特別名誉会員だけど、入会は大歓迎だ!」


 タケルはそれを片手で抑えるが、感情を抑えきれない平等院はさらに前へと力を込める。

 間近でせめぎ合いをしながら、タケルは近いしうるさい……と思う。


「もちろん応援するよ! いつか草薙くんが有名になったら、草薙ハンターのファン一号は僕だってみんなに自慢するからね!」

「気が早いな。けど、ありがとう」


 もう片方の手を握られて、タケルは困った笑みを浮かべる。



 そんな中、自然な動作で桜蘭会の面々も自分の席から立ち上がり、タケルの席を囲うように立つ。

 そしてみんなでタケルがハンターになることに対して優しく接してきた。


「ハンターは大変だけど、一緒に頑張ろうな」

「私たちは先輩ですから、困ったらなんでも聞いて下さいね」


 タケルはみんながそう言ってくれるだろうと思っていた。

 だがやはり言葉にして貰えると嬉しいものだと思う。


「「まあ、それはそれとして――」」

「えっ?」


 平等院が曇りなき笑顔でタケルの手首を掴み、隣に座る沢村の眼鏡が怪しく光らせながら握った手に力を込めた。


「西条ハンターと」

「サクラ様が」

「「君を取り合ったって話、詳しく聞かせて貰おうか?」」

「……」


 平等院の手から手首に掛かる握力。

 桜蘭会の面々が笑顔で武器を構えて包囲し、絶対に逃がさないという強烈な圧。

 沢村がまるで妖怪のように顔を変化させ、一般人とは思えない圧。

 彼らの圧力に恐怖を感じたタケルは無言で目を閉じ。


 ――言い訳……考えるの忘れてたなぁ……。


 穏やかな表情で時が過ぎるのを待とうとした。


 ――こういうときは荒木に……。


 周りの笑顔から視線を逸らし、荒木の席を見ると空っぽだった。


 ――最近は来るの早かったのに……休みか?


 不思議に思って首を傾げていると、ぐいっと引き戻される。


「「草薙くん?」」

「……」


 笑顔の修羅たちに囲まれ、タケルは恐怖した。

 ――誰か、助けて……。


 タケルのスマホにサクラからメッセージが届く。

『昼休み、私の執務室に来て貰えますか?』




 授業のため廊下を歩いていた桔梗は、偶然教室の様子が目に入る。

 タケルの席にクラスメイトたちが笑顔で集まっているのを見て――。


 ――あんなにたくさんの友達が集まるなんて、タケル君ってクラスの人気者なんだ……。


 すごいなぁ。などと呟きながら、ド修羅場であることに気付かず桔梗は廊下を歩く。


 

昼休み。


「あっちに行ったぞ!」

「追え! 絶対に逃がすなぁ!」


 各所から追いかけ回されているタケルは、気配を消しながら人目を避けてこっそりサクラの執務室に入る。


「ふぅ……」


 朝から休み時間の度に追いかけ回され続け、ようやく一息吐けた。


「すみません高嶺さん。約束してたとはいえ、いきなり入っちゃって……⁉」


 タケルが顔を上げると、クルクルクル……と膝を抱えて椅子で回っているサクラが目に入り言葉が止まる。

 普段の凜とした彼女の行動とは思えない様子に、タケルが呆気に取られる。


「……?」


 クルクル回っているサクラがチラッと腕の隙間から目を向ける。

 そこには見てはいけないものを見てしまったような顔をしているタケル。


「……~~⁉」


 それに気付いた瞬間、勢いよく顔を上げて恥ずかしそうに真っ赤に染めた。


「こ、これは悩んでるときの癖で! 見苦しいところをお見せしました!」

「こっちこそ気配消していきなり入ってすみません!」


 お互いに謝りあったあと、タケルはふと思う。


「えっと……なにに悩んでたんですか? 俺に出来ることがあれば手伝いますけど」

「そ、それは! 悩みというほどでは――」


 そう言った瞬間、サクラがドキッとする。

 一瞬ごまかそうとするが、本人も関わっていることだと思い直した。


「……いえ、これは草薙君も関わってる事ですし……お話します」

「俺も?」


 サクラもタケルが関係あることだからと思い、悩ましげに事情を説明する。


「実は……クラスの人たちから草薙くんと恋仲なのではと、言われまして……」

 クラスメイトたちにキャーキャー囲まれながら、困惑しつつも説明するサクラ。

「あぁ……うちのクラスでも、似たような話が……」

 武器を突きつけられ、修羅たちに囲まれたタケル。


「「……」」

 お互いに地雷を踏んだと理解して黙り込む。


「この話は後で考えるとして……本題に入りましょうか」


 頭が痛そうに溜め息を吐きながら、サクラはそう言い、タケルも頷く。




 タケルがハンターになる決意をしたことを聞いたサクラは、神妙な表情。


「そうですか。草薙くんもハンターに……」


 サクラは立ち上がると、窓の外を見る。

 そこには多くの学生が、昼休みだというのにハンターとして強くなるために鍛錬をしていた。


「地位も名誉も、必要ない。静かに過ごせればそれでいい。初めて会ったあの日、貴方はそう言いましたよね」

「……はい」 

「あの言葉からは深い悲しみを感じました。だからこそ思ったのです……私が守らないと、と」


 サクラは振り返る。

 その表情は不安を抱えていた。


「あなたの「日常」は、私では守れないのでしょうか?」


 ――私には……守れるだけの力がないのでしょうか?


 そんな不安な想いの込められた言葉。


 だからこそそれを飲み込み、まっすぐサクラを見つめて、今の想いを伝えるために微笑む。

 彼女には、せめて嘘だけは吐きたくなかった。


「前に俺は、本当の草薙尊じゃないって話をしたの、覚えていますか?」

「……覚えています」


 遊園地の帰り、タケルはそう言った。

 サクラはそれを覚えていて、うなずく。


「あれ、そのまんまの意味で……目が覚めたら、魂がこの身体に乗り移ってたんです」

「……」

「こんなこといきなり言われても、信じられませんよね?」


苦笑しながらサクラを見ると、彼女の瞳はまるで揺らぎないまま、まっすぐ見つめ返していた。


「信じますよ。私は、友達の言葉を疑いません」

「……」


 ――本当に、この人はどこまでもまっすぐで、心の綺麗な人だ。


 一度裏切られたタケルは、それでも彼女の真っ直ぐな思いに心が温かくなる。


「記憶喪失の振りをしていたのは、色々あって人間不信になってて、力の使い方に悩んでたりもして……全部は言えないんですけど……」


 言葉がまとまらないまま、思いの丈を綴る。

 そしてこれ以上言っても意味がないと思い、一度深呼吸をして、ただ自分の想いだけを伝えることにした。


「俺がもう一度この力を使おうと思えたのは、高嶺さんが守ってくれたからです。だから――」


 タケルは頭を下げる。


「これからは、俺にもみんなを守らせてください」


 そんなタケルの姿を見たサクラは、手で胸が熱くなり押さえる。


「……草薙くんがそう思ってくれたこと、嬉しく思います」


 サクラはタケルに近づくとその手を握る。

 ゆっくりタケルが頭を上げると、サクラは力強い表情をしていた。


「一緒に、守りましょう。誰もが笑って過ごせる世界を目指して」

「……はい」


 そんな彼女に、タケルはやっぱり凄い人だなと改めて尊敬しながら微笑んだ。




 ハンター協会前。

 先に来ていた制服姿カレン、私服姿の天空と五十嵐。


「同じ学校なんだから、一緒に来たら良かったのに」

「え~、それだと噂されちゃうじゃん。たっくん以外とそういうのはNGだし~」


 ――身体一緒じゃん。

 ――そういう問題じゃないんだよねぇ。


 そんな二人のやり取りを微笑ましく見ていた五十嵐が、タケルの姿に気付く。


「お、来たか!」


 その声に反応して二人もそちらを見る。

 二人の視線の先からやって来たタケルの隣には、サクラが一緒に歩いていた。

 その距離は普通の友人よりも近い。


「あれ? あれあれ~? もしかしてサクラちゃんってそういう感じ~?」

「やつもリア充だったか……」


 人の恋バナには敏感なカレンが少し楽しげな顔をする。

 天空は虚無の表情。


 サクラの表情は普段見せるよりも柔らかく、親しい相手にしか見せないものだった。 




 受付嬢が笑顔を見せる。

「それでは後見人の方は、こちらに入力をお願いします」


 ――新卒から受付を続けて早十年……これまで多くのハンターを見て来たわ。それでも……。


 受付嬢は笑顔を崩さないまま、内心で動揺していた。


「天空、俺の分もよろしく!」

「IDわかんないって。自分でしてくださいよ……」

「ねえねえサクラちゃん! タケルのことどう思ってるかなぁ~?」

「と、友達です!」


 モニターに入力している天空と、頼もうとする五十嵐。

 恋バナに発展させようとするカレンと、その勢いに困った様子のサクラ。

 わちゃわちゃとしているS級ハンターと、それを見てざわつく周囲。


 ――こんな豪華なメンバーが揃って後見人として来るのは、初めてね……。


 受付嬢は、現実逃避をするように途方に暮れたような想いを抱く。

 そしてチラッとタケルをのぞき見る。


 空中に浮かぶモニター入力にまだ慣れていないタケルは、ポツポツとお爺ちゃんのように指一本で打っていた。


 ――どこにでもいる普通の学生にしか見えないけど……何者なのかしら?


 このメンバーが集まって来るような人間にはどうしても思えない。

 受付嬢が悩んでいると、タケルが恐る恐る声をかけてくる。


「で、出来ました……」


 ――でも、ちょっと可愛いかも。

 不安そうなタケルを見て、そんな想いを抱く。


「こちらもお願いします」


 タケルの横に立っていた女性が、受付に声をかける。

 それに気付いたタケルが横を見ると、魔女の軍勢の翠が立っていた。


「草薙様、初めまして。『魔女の軍勢』所属、羽金翠と申します」

「あ、はい……」


 突然隣に立って話しかけてきた翠にタケルが戸惑っていると、サクラのほっぺを突きながら、翠に気付いたカレンが元気な声を上げる。


「あ、翠ちゃんだ。やっほー」

「カレン様、やほーです」


 翠は表情を変えず淡々と、カレンと同じ言葉を返す。

 彼女の後ろには、ジャージ姿でげっそりとした荒木と仲間二人が、両手を後ろに休めした状態で立たされている。


「……」

「「「……」」」


 タケルの存在に気付きながら、荒木たちはダラダラと汗を流しながらも微動だにしない。


 そんな三人を見たタケルは何事かと思う。

 お互い凄まじく気まずい表情。


 そんな三人を連れた翠に近づいたカレンは、光のない瞳で三人を見つめながら問いかける。


「ふぅん……あれがたっくんを虐めてたやつらか……」

「意外とタフなので、鍛えればそこそこ使えるかと」


 タケルを虐めた、という事実がある時点でカレンの苛立ちは高い。


 ちっ! と舌打ちすると、三人は怯えてビクッと反応する。


「一応聞くけど、親の許可はちゃんと取ったよね?」

「はい。事情を説明したところ、腐った性根を叩き直して頂けるなら是非、とのことです」

「じゃあ予定通り資格取ったらうち入れて、二度と虐めなんてする暇ないくらいしごいてやって」

「承知しました」


 翠は丁寧に頭を下げる。

 三人が恐怖に顔を青ざめてガタガタガタガタ震えていた。


「ところでカレン様、先日の調査ですが……」


 翠が一瞬、自分を見たことにタケルが気付く。

 ほぼ同時に、突然背中を叩かれる。


「うっし! そんじゃ俺らは終わるまで待ってるから、気合い入れて行ってこい!」

「力は抑えろよ。ハンターになれれば、それでいいんだからな」

「経験を積みながら……ですよね」


 両極端なことを言う二人にタケルが苦笑しながら返すと、天空は頷く。


「草薙くん……頑張ってください」

「はい。行ってきます」 

 

 真摯に応援してくれるサクラに、タケルは笑顔を見せた。

 


 そして、タケルは荒木と仲間二人、まるで四人がチームのように並びながら一緒に歩きだす。


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救世主≪メシア≫~異世界を救った元勇者が魔物のあふれる現実世界を無双する~ 平成オワリ @heisei007

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