第42話 君の未来

 四人はオフィスの机にタイムカプセルを置き、タイムカプセルを空ける。

 子どもが好きそうな熊の人形や、玩具、楽しそうにしている写真、そして――。


「手紙……」


 幼い子どもの文字で、『みらいのたけるへ』『みらいの私へ』と書かれた二枚の手紙が入っていた。


 カレンがその手紙を受け取ると、読み進めていく。


 ――ぼくにはおとうさんもおかあさんもいません。

 ――まゆこちゃんが言うには、うまれたときからいないんだって。

 ――だけど、たくさんだいすきなひとがいるからぜんぜんさみしくないな。

 ――かれんちゃんは、いちばんのおともだち。いつもげんきでかわいくてほのおがきれいな女の子。

 ――天空くんは、こっそりたすけてくれるやさしいおにいちゃん。びゅんびゅんとびまわってかっこいいんだよ。

 ――ひでおじちゃんは、みんなをえがおにしてくれる、ぼくたちのスーパーヒーロー。

 ――みんなとってもなかよしで、ぼくのだいすきなひとたちです。

 ――10年ごも20年ごも、ずっとみんないっしょかな?

 ――そうだといいなぁ。だってみんなといると、とってもぽかぽかしたきもちになれるんだもん。

 ――だから、もしみんなとはなれてたら、会いにいってほしいな。

 ――だってぼくにとってみんなは



「大切な家族、なんだから……」


 手紙を読み終わると、全員の表情が神妙な空気になる。

 そんな中、読んでいたカレンが背を向ける。


「ごめん、ちょっと離れるね」


 その声は毅然としたものに聞こえるが、よく聞けば震えているのが分かる。

 誰も止めず、彼女は壁の裏に入り――。


「う、ううう……うぇっ! たっくん!」


 彼女は手紙を大切に抱えながらしゃがみ込み、ぽろぽろと涙を流す。



「カレンさん……」


 それを心配に思ったタケルが声をかけようか悩んでいると、肩を掴まれる。

 振り返ると、天空が首を振り、止めとけという合図。


「あいつは強いから、大丈夫だ」

「……」


 それでもタケルが心配そうに見ていると、壁の裏から彼女がずこずこと歩いてきた。



 そしてタケルの前に来ると、眼を赤くしながらも彼女は強がるように笑う。


「さっ! 色々話さないとだけど、とりあえず帰るわよ!」


 ――みんなで一緒に、仲良くね!


 その言葉がタケルの手紙の通りだとわかり、天空と五十嵐は笑う。

 そしてそんな三人を見て、タケルも心が穏やかになる。



 帰りの車の中。

 運転は天空がして、助手席に五十嵐。

 後部座席にはタケルとカレンが並ぶ。


 タケルの事情などを改めて語り終えると、助手席に座る五十嵐がしみじみと語る。


「しかし異世界の救世主とはなぁ。改めて聞くととんでもない話だぜ」

「……こいつの話がマジの話なら、ですけどね」


 感心した様子の五十嵐と、ぼそっと呟く。


「なんだ天空、疑ってんのか?」

「簡単に信じる方がおかしいでしょ。あの胡散臭い会長が情報操作してまで存在隠したってことは、なにかあるんだろうけど……」

「お前真宵のこと嫌いだもんなぁ!」

「痛っ!」

「招集されたときも俺らが繋がってるの隠すために、他人の振りしろって言ったりさ!」


 五十嵐が天空をバンバン叩く。


「ちょ、いたいっ! やめっ……」

「演技とはいえ俺、寂しかったんだぞぉ!」

「運転中に叩くの止めろや事故るだろうが!」


 笑いながらバシバシと叩く五十嵐に天空がぶち切れる。

 それに対して五十嵐はケラケラと笑った。



 気心の知れた二人のやりとりにタケルが笑ってると、妙にカレンが静かだと思う。

 見れば彼女は眠っていた。


「……寝かせてやんな。カレン嬢ちゃんも色々あったからな」

「そうですね」


 ――お疲れ様です。


 長い戦い、そして尊のこと。体力も精神力も限界だったのだろう。

 それでも気丈に戦い続けた彼女に、タケルは敬意を抱く。



 そんな光景を見た五十嵐は言葉を続ける。


「話の続きだが……タケ坊にはハンターの資格を取って貰う」

「そうしないと十河(おっさん)が納得しないからな」


 五十嵐の言葉に追従するように、天空がめんどくさそうに言う。


「それもだが……本来のタケ坊の魂が入ってるは、お前さんの身体なんだろ?」


 タケルは異世界で見た自分の身体に入った尊を思い出す。


「はい……間違いありません」

「これからどう動くにしても、いざってときのためにハンターの資格は持っておいた方が良い」


 そう言いながら、五十嵐はタケルの方に振り向いて笑う。


「つっても、念のためだ! いつだってガキの未来を守るのは、大人の役目だからな!」


 その安心させる不思議な笑いを見て、タケルは心がスッと軽くなった。


「……俺、精神だけならもう成人ですよ」

 そして守ると言われて苦笑しながら、そう返す。



「そういえば……試験とかあるんですか?」

「ランクを決めるのに簡単なのがあるが、B級以上のハンターが後見人なら、ガキでも資格は取れるぞ」

「命の危険はあるから、未成年は両親の許可が必須だけどな」


「両親……」


 その言葉に、研究所での会話を思い出す。


 ――タケルは孤児だった。それを教えてくれなかった二人は……。



 そんな思い詰めた様子のタケルに天空が気付く。


「お前も少し休め。あとでどこか店入るから、続きはそこでいいだろ」


 そう言われて、自分も身体に体力の限界が来ていることに気付く。


「……はい」


 タケルは天空のその言葉に甘えるように、ゆっくり目を閉じた。



 疲れ切って眠っている二人をバックミラーで見ながら、天空はぼそっと呟く。


「……チビたちが泣かない世界を作るために戦うって、決めてたんだけどな」

「……お前はよく、やってるよ」


 そんな天空の想いを知っている五十嵐は穏やかに笑う。



 割烹着に腰エプロンをした女子大生がお盆を持ち、焼き肉を運びながら自己紹介をする。

『私は夢亜ゆあ。ちょっとハンターオタクの女子大生』

『ハンターは打ち上げで焼肉店を利用するって聞いて、この高級店でアルバイトを始めたの』

『でも一度も見たことないから、さっき店長に辞めるって言っちゃった♪』


 昔の少女漫画かつ夢女子みたいなコテコテの自己紹介が唐突に始めるイメージ。


「S級ハンターとかが生で見られる店じゃないと、働いてる意味ないもんねぇ」


 ――いらっしゃいませ。


「……え?」


 入口から接客する女将の声に振り返り、驚く。

 女将に案内されている、五十嵐、カレン、天空が目に入る。


『始まりのハンター五十嵐英雄⁉ 日本が誇る本物の大英雄だぁ!』

 入ってきた五十嵐を見て、尊敬の眼差し。


『カレンちゃん⁉ か、可憐すぎぃ……!』

 テンション上がった女子のような雰囲気。


『うっは生天空くん⁉ 陰キャな私たちの憧れの王子様じゃん! あの粘着そうな感じ最高にいいわぁ、たまんねぇ……』

 涎を垂らすくらい気持ち悪いオタクを表現した笑み。


『そしてそして……! だれ⁉』


 当然タケルは無名なので先ほどまでの超ハイテンションから一転、スンッとなる。


 四人を見送った夢亜は、厨房に駆け出しながら叫ぶ。


「店長! 私ここに永久就職します!」

「君さっき辞めるって言ったよね⁉」



 カレンが静かだったのも車の中で寝ていたからで――。


「まだ火がちゃんと通ってないでしょ!」

「俺はこれくらいが好きなんだよ!」


 タケルの正面に五十嵐、隣にカレン、斜め前に天空。

 個室で焼き肉を食べていると、天空が生焼けの肉をカレンがかっさらったりして喧嘩をしていた。


 そんな中、マイペースに自分の肉を食べながら五十嵐が語る。


「タケ坊の両親だが……」

「え?」

「俺の古い友人で、なにも知らない一般人だから安心してくれ」

「じゃあ、あの研究所にはなにも関わってないんですか?」

「ああ。養子ってことを隠したのは、記憶喪失のタケ坊を混乱させないためだろ。あの二人は、本当の息子として大切に思ってるからな」


 タケルは驚きながら、その返事に少しホッとする。

 両親がなにか思惑があって尊のことを利用していたとかではなく安心した。

 だがそれ以上に反応する者がいた。


「……ちょっと待って」

「ん?」

「じゃあ英雄さんはたっくんが生きてたこと知ってたわけ⁉」


 五十嵐の言葉から、それを察したカレンが怒鳴る。


「はっ……まさかっ」


 カレンが正面の天空を睨むと、気まずそうに顔を逸らす。


「アタシだけ除け者かぁぁぁ!」

「俺の肉がぁぁぁ!」


 自分の持つ肉を黒焦げに燃やされて悲鳴を上げる天空。


「英雄さんは信頼してるけど……半端な理由だったら許さないわよ!」

「ああ。納得出来なきゃ煮るなり焼くなり好きにしたら良い」

「……」


 その迫力に、カレンも静まり話を聞く体勢を整える。

 そうして真剣な表情で、五十嵐は語り出した。


「……あの研究所の目的は二つ。一つは強い魔力適正を持つ子どもを集め、強力なハンターとして送り出すこと。もう一つは……」


 ――タケ坊の莫大な魔力を利用した、軍事兵器の運用だ。


 溜めてそう言い、カレンとタケルは絶句する。




「ふぅ……」


 夜、タケルは家のベッドに飛び込み、そして先ほどの五十嵐の言葉を思い出す。


「……尊を軍事利用させないために、死んだことにして隠した、か。尊も知ってたから、カレンさんに会いに行けなかったんだよな」



 仰向けになり、天井を見ながらタケルは先ほどのことを思い出す。


 ――たしかにカレンさんが知ってたら、突撃してただろうなぁ……。


 悩みながら、釈然としないながらもなんとか自分を納得させようとする爆発しかけのカレンを思い出す。


『~~~~!』

 彼女は怒りの行き場を失って複雑そうな表情。

 それをタケルが必死に宥める。



「……そういえば、また両親に嘘を吐いてしまった」


 そしてハンターになると両親に話したときのことを思い出す。


 家に上がった三人は、両親にタケルがハンターになることを説得する。


 母親はそんな危険なことをさせられないと立ち上がり、五十嵐とタケルに食ってかかる。だが、父親がそれを止める。

 不安そうな母親がソファに座り、父親が真っ直ぐタケルを見る。


『尊……本当にハンターになりたいのか? とても危ないんだぞ』

『前に高嶺さんに助けて貰って、今回この人たちにも助けて貰って思ったんです……俺も、人を守れるようになりたいって』

『そうか……お前は昔からハンターに憧れてたもんな』


 嘘の説明だったが、父親は尊が昔からハンターに興味津々だったことを知っていたため、それで信用する。


 見つめ合うと、父親は五十嵐たちに向き直り、頭を下げる。


『どうか息子のこと、よろしくお願いします』

『ああ、任せてくれ』


 それを五十嵐たちは真摯に受け止めた。



「五十嵐さんも、尊の両親も……みんな良い人ばかりだ……」


 身体を起こして座る。


「俺はもう死んだ人間だし、身体を返して終わりだと思ってた……けど」


 ――魔王の娘カルミア……そして俺の身体を操る草薙尊。俺の過去と今の状況が繋がっていた。

 二人を思い出し、拳に力が入る。


「恐らく尊の魂は呪印で縛られてる。じゃないと、いくら俺の身体でもあの強さは有り得ない」


 ――パンドラを宿した人間は、魔族へと変貌する。


 タケルはカルミアの言葉を思い出しながらベッドから立ち上がった。

そして机に置いてある彼が残した付箋のついたハンター雑誌を並べた。


「こんなに調べてさ……本当はカレンさんたちみたいな、みんなを守るハンターになりたかったんだよな」


 タケルは優しげな笑みを浮かべる。


「代わりに俺がやるよ。お前を魔族になんてさせない。もう俺は救世主≪メシア≫じゃないけど……この身体のおかげで、守りたいって思える人がまた増えたから……」


 タケルは開いていたカーテンの奥、窓の外から月を見上げる。


「尊もみんなも、必ず助けてみせる」


 強く決意した。

 そして同時に、もう一つ決意することがあった。


「ただ、もう一度だけエーデルワイスに会いたいんだ。この気持ちだけは嘘吐けないから、出来るだけ探すけど、それだけは許して欲しいな」


 我ながら女々しいなと思い苦笑しながら、決意表明をしたタケルの表情はどこかすっきりしたものだった。


―――――――――――――――――――――――

【あとがき】

こちらは『漫画版』を原作者である私が集英社様の許可を得て『ノベライズ』している作品です。

そのため漫画の更新に合わせて投稿しますので、隔週『火曜日』更新となります。


【となりのヤングジャンプ】または【異世界ヤンジャン様】にて更新されますので、良ければそちらも是非読んでみてください。

※現在ニコニコ静画が更新停止中……。


詳しくは下記近況ノートで!

https://kakuyomu.jp/users/heisei007/news/16817330647516105256


※注意

こちらのお話では、ノベル限定の内容、微妙な違いも含んでおりますが、漫画原作になにか影響を与えることはございません。

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