第41話 協力者

 タケルとカレンに武器を向けるのはS級ハンタ-『獅子王レオンハート』の十河連夜。

 協会直属のハンターである彼と、その私兵である優秀なハンターたちが武装した状態で二人に武器を向ける。


「あの……これはいったい――?」


 険しい顔をしたカレンの横で、タケルは困惑した表情を見せる。


「お前のことは調べさせて貰った」


 それぞれタケルが行ってきたことを調査した十河は、真剣な表情でタケルを睨む。


「本来蒼ゲートから出てこないブラッディオーガの発生。ウロボロスのテロ。黄泉岳の大規模ゲートブレイク」

「……」

「そして今度はこれだ」


 カレンの攻撃によって崩壊した研究室。

 明らかに大規模な戦闘があった跡地を見た十河は鋭くタケルを睨む。


「大きな事件の中心に、お前はいつもいやがる」


 ――どうする、全部話すか?


 一通りのことはバレているこの状況。

 これまで見逃されていただけだ、というのはサクラの言葉でも理解していた。

 草薙尊が魔族側にいた以上、協会に事情を説明して協力して貰う方がいいかもしれないと思う。


「止めときなさい」


 しかしそれをカレンは十河たちに聞こえないくらい小さな声でタケルを止める。

 その表情は真剣なものだ。

 タケルにはハンターである彼女が自分を止める理由がわからなかった。


「……カレンさん?」

「大きな組織は綺麗事だけじゃ成り立たない。それはハンター協会も一緒よ」


 かつて異世界で処刑されたタケルは、権力の下に自分の力を置くことがどれほど危険か理解している。

 そしてそれはカレンもまた同じく理解していた。


「……どれだけ強くても、後ろ盾のない人間一人どうとでも出来るわ。それはあんたが誰よりもわかってるでしょ」

「っ――⁉」


 ――後ろ盾がなければ、ね。


 カレンはタケルにも聞こえないくらい小さな声で、自分の胸元にあるリボンに話しかける。

 

「ま、ちょっと大人しくしてなさい」


 タケルを庇うように前に出て、十河と対峙する。


「ねえ十河さん。どれも事件を防いだだけなのに、なにが問題なわけ?」

「協会に報告せず隠れてやってんだぞ。後ろ暗いことがなきゃ、ありえんだろ」


 タケルを庇おうとするカレンを十河は睨む。


「えーでもさぁ……」


 そんな十河に対して、カレンは外面向けの小悪魔的な態度を取る。


「協会だってその後ろ暗いこと、たくさんやってきたよねぇ」

「てめぇ。脅しのつもりか?」

「さぁて、なんのことかなぁ。ただ『魔女の軍勢』の情報力は甘く見ない方が良いと思うよぉ」


 クスクス笑うカレンに、十河の雰囲気が変わる。


「――ガキが、あんまり調子に乗んなよ?」


 十河が抑えていた黄金の魔力が吹き出し、強者特有のオーラが溢れ出す。


「テメェのギルドごと潰してやろうか?」

「気に食わなかったら力尽く? そんなのだからみんな好き勝手にするんじゃないのぉ?」


 高圧的な雰囲気の十河が背中の大剣を抜くと部下達も一斉に銃を構える。

 その照準が向いているのは、タケルの方だ。


「なんと言おうが、俺はこんな危険人物を野放しにする一切気はねぇ」


――……ったく、こっちにも退けない理由があるってんのに。


 カレンも険しい表情苛立ち混じりに呟くと、炎の魔力を放出して応戦の構えを取る。

 しかし連戦に次ぐ連戦でその炎は弱々しかった。


「そんな状態で俺に勝てるわけねぇだろ」

「心配ご無用ぉ。ロートルの十河さんと違ってぇ、私はまだまだ若いからねぇ」


 二人の間で魔力がぶつかり合い、一触即発の雰囲気。


 ――このままじゃ不味い。


 明らかに強がっているカレンを守るため、タケルは自分が前に出ようとする。


「カレンさん、やっぱり俺が――」


 ――おおおおお!


「ハァ……やっと来たぁ」


 タケルが止めようとした瞬間、カレンが不思議なことを言って杖を下げる。


 同時に、天井から凄まじい魔力を感じてタケルと十河が見上げた。


 ――ここかぁぁぁぁ!!!


「「っ――⁉」」


 凄まじい衝撃とともに天井が崩れ落ち、土煙が周囲を舞う。

 事情を把握出来ていない十河とタケルが何事かと思っていると、土煙が晴れ、そこには一人の男が地面に拳をぶつけて俯いた状態。

 S級ハンター五十嵐英雄は立ち上がると、振り向いてカレンに声をかける。


「どうよ俺の登場は⁉」

「完っ璧!」

「しゃぁ!」


 カレンがサムズアップを返して応えると、五十嵐は嬉しそうに喜ぶ。

 先ほどまで緊迫した様子だったにもかかわらず、彼が来ただけで空気が一変した。


 五十嵐はカレンに向けて親しげに笑うと、視線をタケルに向けた。

 その視線は感慨深いモノ。


「タケ坊……」

「あの……貴方は……?」

「おっと、今は別人だったか。ま、色々話したいことはあるが、今はこっちだな」


 五十嵐は振り返ると、十河に笑いかける。


「なあ十河よ。悪いがここは退いてくれねぇか?」

「……いくらアンタの言葉でも、そいつは聞けねぇな」


 大樹のように揺るぎない五十嵐の雰囲気に対し、引く気のない十河は威嚇するように睨む。


「ゲートが現れて以来、人は魔物の脅威に立ち向かうための力を手に入れた。だが俺たちハンターは一般人からすれば化物と変わらねぇ」


 十河の脳裏に、かつて自分のギルドが息子の獅童によって皆殺しにされたことが過って、気分の悪さに舌打ちする。


「だから協会が徹底的に管理し、安心させる必要がある!」


 十河は己の過去、そして信念を胸に抱えて、引く気はなかった。

 

「生まれ持った力は仕方ねぇさ。平穏に生きたくて力を隠すならなんも言わねぇよ。俺が守ってやる!」


 十河はタケルを睨む。


「だがそいつはギルドを壊滅させておきながら力を隠しやがった! 必要があれば躊躇いなく力を振るう化物を、見逃せるわけねぇだろうが!」

「――っ⁉」


 ――そう、だよな……。


 十河の言葉はなにも間違っていないとタケルは思った。

 理由があったにせよ、自分の力を使っておきながら隠れるなど、するべきではなかったのだ。


「……草薙尊はハンター協会に連行する。邪魔するなら、たとえ伝説と呼ばれたアンタでも――」

「……十河」


 十河の覚悟の篭もった瞳を前に、五十嵐は先ほどまでの軽い雰囲気から一転、真剣な表情になる。


「こいつは獅童みたいにはならねぇよ」

「っ――⁉」

「俺が保証する」


 十河の言葉に五十嵐は一切動じず、大樹のような安心感を見せる。


「なんでそんなこと言えるんだよ……」

「武器を向けたお前らに、タケ坊は一度も敵意を向けなかったろ?」


 十河はタケルを見る。

 五十嵐の言う通り、タケルは投降の意志すら見せた。


「だが――」

「それに、こいつがハンターになって管理下にありゃいいんだろ!」

「あん?」

「え?」


 五十嵐の言葉に、十河とタケルが呆気に取られる。

 そんな中、五十嵐は自信満々に語る。


「俺たちが後見人として、協会に登録させる。そんで、なにかあったら俺が責任持って止める!」

「……」

「それにこれ、真宵の指示じゃないだろ? なら一度だけ、見逃してくれよ」


 困ったような顔で頼んでくる五十嵐に、十河はなにかを言いかけて、言葉を止める。


「後見人は、アンタたちか?」

「おう!」

「そうか……」


 タケルたちに背を向ける。

 

「……撤収だ」

「「「はっ!」」」


 十河の言葉に部隊の面々は疑問を挟まず、機敏な動きで部屋から出て行く。

 十河も出て行こうとして、このままでは癪だとも思い振り返って怒鳴る。


「五十嵐さん! 西条! そんで隠れてる隼天空ぅぅぅ!」


 怒鳴ってすっきりした十河は、フン、と鼻を鳴らして表情を落ちつかせる。


「草薙尊が登録しなかったら、テメェら全員豚箱にぶち込んでやるからな! 覚悟しろよ!」




 そうして十河たちが撤収したあと、天空が穴から降りてその場に現れる。


「あのおっさん、わざと俺のことフルネームで呼びやがった……」

「格好良い名前でいいじゃねぇか! なあ天空!」

「厨二っぽくて嫌だっつてんでしょうがよぉ!」


 カラカラと笑う五十嵐と、怒る天空。

 二人のやり取りを見て、ようやく一難去ったとカレンが安心する。


「……」

「警戒しなくていいわ。この二人は信頼出来るから」


 カレンがタケルを連れて二人の前に行く。


「お疲れぇー。二人とも助かったぁー」

「おうカレン嬢ちゃん。色々と大変だったみたいじゃねぇか!」

「まぁねー。なのにここで十河さんが独断専行とか、予想外すぎぃ」

「あいつは昔から真面目だからなぁ」


 カレンが親しげに話している相手がレジェンドハンターであることに気付いたタケルだが、草薙尊とも関係があることは先ほどの会話で理解していた。


 マジマジと見てくる五十嵐にどういう風に接すればいいかわからず戸惑う。


「えっと……」

「そんな不安そうな顔すんなって!」

「うっ――⁉」

 

 思いきり背中を叩かれて呼吸が零れた。

 なぜいきなり叩かれたのかわからず頭にクエスチョンを浮かべたタケルが五十嵐を見る。

 その表情はどこか優しげで、敵意の欠片もない。


「こうして成長した姿が見れるのは嬉しいもんだ……なあ天空! お前もそう思うだろ!」

「中身違うんじゃなんとも。まあ……」


 天空もじっとタケルを見ると、頭に手を伸ばす。


「思ったより悪くないけど……」

「素直じゃないなぁ」

「素直じゃねぇなぁ」

「ハァッー⁉ なんすか二人してそこは黙ってスルーするもんだろこれだからノンデリ組はぁ!」


 ニヤニヤと笑う二人に、早口でぶち切れる天空。


「この光景……」


 その光景を見て、タケルは尊の夢がフラッシュバックする。

楽しかった思い出。大きな木の下でランチを食べて、笑い合っている光景。

 そして自然と涙が零れだした。


「え? あれ?」


 それが自分の記憶ではないのは理解しているが、自然と感情が溢れ出す。


「これ、俺じゃなくて……」

「……ほら」


 天空がハンカチをタケルに渡す。

 そんな天空の優しい行動を見た二人がまたニヤニヤとして喧嘩。


「は、はは……」


 ワチャワチャとしている姿を見て、タケルが思わず純粋な笑みを浮かべる。

 それを見たカレンと天空は喧嘩を止めて、軽く笑う。


「ま、お互い聞きたい事はあるだろうが……とりあえず」


 五十嵐はタイムカプセルを見せ――。


「みんなで帰りながら、こいつを開こうぜ」


 そう言って笑うのであった。


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