第40話 再会

 魔王城の中では、激しい戦いが繰り広げられていた。

 二対二、という構図に見えて、その実一対一が二つ繰り広げられる。


 ボンボンボン、とライアーの人形が燃やされていく。


「はぁ……今日だけで大半の人形がなくなってしまいました……」

「ありったけ出してみなさいよ! 全部燃やし尽くしてやるから!」

「ああもう! なんて野蛮な人間だ!」


 過激に叫ぶカレンと、面倒そうに対応するライアー。

 どちらが残虐な魔族かわからないような二人の言葉の応酬。

 相性の問題でカレンはライアー相手に優位に事を運べていた。


 そしてタケルの方は、黒騎士との実力差があり押していく。

 剣の技量は完全にタケルが上回っていた。


 紅い炎剣を操り黒騎士の剣を破壊すると、その勢いのまま脳を揺らす勢いで顔面に向けて膝蹴り。

 咄嗟に対応をしようとした黒騎士だが、自分の身体がいつの間にか炎に包まれて居ることに気付く。

 

 手足を包むそれらは、無理矢理振りほどこうとすれば出来るもの

 それはタケルではなく、ライアーと戦っているカレンのサポートだった。


 それに気付いた黒騎士が一瞬、カレンを見て動きを止める。

 彼女の視線は、敵を見る目だったが――。


「こっちの世界じゃ、もう手加減の必要も無い」


 その一瞬の思考の空白に、タケルは容赦なく割り込み黒騎士に掌を向ける。


 先ほどは日本での戦いだったため、タケルも魔力を抑える必要があった。

 だが異世界、しかも敵の居城である今、むしろ全てを吹き飛ばす威力を出しても良い状況。


「消え去れ、フレア……」

「っ――⁉」

「バーストォォォ!」


 収束された一撃。

 かつて巨大な山に大穴を空けたその威力は、ボロボロとなった城の壁をさらに吹き飛ばし、煙を上げた。


 丁度ライアーとの戦いが膠着状態となったカレンが距離を取り、タケルの背を守るように着地する。


「良いタイミングでした」

「当たり前でしょ。それで……やったの?」

「……まだ、みたいですね」


 険しい表情のタケルは、粉塵の中をフラフラと幽鬼のように歩いてくる黒騎士の影に気付く。


「どうやら、まだみたいです……」


 粉塵の中、タケルの攻撃で兜が破壊され、それが地面に落ちる。

 コツコツと、金属音を立てながら粉塵から出てきたその姿は――。


「なっ――⁉」

「タケル……?」


 明らかに動揺したタケルの声にカレンは思わず振り向き、そして目を見開いた。


 タケルからすればかつての己の顔。

 カレンも過去の映像で見た姿がそこにあったからだ。


 ――俺の顔⁉ じゃあ鎧の中身はまさか!


 顔から首にかけて入れ墨が入り、首には黒い糸で縫い付けられた跡が残っているが、間違いなくその顔は大和猛そのもの。

 そんな猛の顔をした黒騎士は、とても先ほどまで敵対していたとは思えないほど柔和な雰囲気で微笑みを浮かべて口を開く。


「やっぱり、カレンちゃんの炎は綺麗だね」

「……え?」


 突然名指しをされたカレンは、呆気に取られる。

 同じようにタケルも驚き声を失った。


「うそ……その呼び方……まさか……」

「っ――⁉」


 震える手。

 身体に気炎を纏っていたカレンの炎が一気に縮小する。

 これまで強気に在り続けたカレンが、まるで怯えた子どものように言葉を紡ぐ。


「たっくん……なの?」

「うん。十年ぶりだね。会いたかったよ」

「っ――!」

「なっ――⁉」


 本当に嬉しそうに再会を笑う尊。


 顔は大和猛で間違いない。だがカレンの目には、背後で幽霊のように立って微笑む草薙尊の姿が映っていた。


「生きて……ほんとうに、生きてて、くれたんだ……」


 敵陣であることも忘れ、カレンは思わず涙を流してしまう。


 ――本物⁉ だとしたらどうして俺の身体に……いや、魔族と一緒にいる⁉


 動揺しているのはタケルも同じで、内心で状況把握に務めようとしていた。

 そのせいで、ずっと警戒していたカルミアから意識が離れてしまう。


「ふふ……」


 そんな致命的な隙を彼女は逃さない。

 薄く嗤い、手を振った。


「しまっ――⁉」


 ゲートが一気に広がり、まるで真空状態からいきなり空気のある場所に道が出来たように、凄まじい吸収力を見せる。

 その威力はタケルも抵抗が出来るものではないと判断し、離れないように慌ててカレンを抱きしめる。


「くっ! カレンさん!」

「っ⁉ 離しなさい! ようやく! やっと会えたの! たっくん! たっくん!」


 腕の中で泣きながら暴れるカレン。

 だが尊は近寄ってくることはなく、自分の首筋にそっと指を沿わせながら曖昧に笑う。


「ごめんねカレンちゃん。僕はもう一緒に行けないけど……元気な姿が見れて良かったよ」

「たっくん! あ、あああ! ああああぁぁぁ!」


カレンの慟哭。

タケルが吸引に耐えきれず、二人で徐々にゲートに飲み込まれていく。


 そんな二人の前にいつの間にかカルミアが立ち、友人と別れるときのように微笑んだ。

 尊もまた、笑顔で手を振る。


「それじゃあ、ごきげんよう。次は良い返事が聞けると嬉しいわ」

「「っ――⁉」」



 そうして二人はゲートに飲み込まれ、気付けば元の研究室に戻っていた。


「……なんなんだよ、これは」


 タケルは思わず顔に手を当てて呻くように声を絞り出す。

 先ほどまでは怒りに支配されていたため思考が鈍っていたが、こうして冷静になり状況を理解しようと思考を巡らせる。


 ――やっぱりゲートの奥は異世界だった。エーデルワイスたちもいた。だけど王国は滅んで、彼女ももう死んでいて、俺の身体は敵に使われて、その中身が草薙尊だって?


 あまりの情報量に自分が今どういう感情を抱いてるのかすら、わからなくなってくる。


「いや、それよりもっ――⁉」


 同時に、カレンが心配になってそちらを見る。

 案の定、カレンは背を向けて俯き震えていた。


 ――あんなに尊に会いたいって言ってたのに……。


 ずっと死んだと思っていた想い人が魔族になっていた、など相当ショックだったのだろう。


「あの……」


 心配になり、手を伸ばしかけた瞬間――。


「あぁぁぁぁ! ふっざけんなぁぁぁぁ!」

「っ――⁉」


 ガァァァ! と両手両足を開き、天井に向かって怪獣が炎を吐くように、あるいは怒りが爆発するように声を張り上げたあとも収まらず、カレンは恨みが募り募った幽霊のように瞳から色を消して、怨嗟の声を上げる。


「あ、あのー……カレンさん? 大丈夫、なんですか?」

「ああん⁉ これが大丈夫に見えるわけ⁉」

「っ――⁉」


 背中を丸くして、恐る恐る声をかけたタケルをギロッと睨む。

 多くの魔族と戦ってきた彼も、なぜか今の彼女に睨まれるのはとても怖く、首をブンブンと横に振った。


 そんなタケルから目を離したカレンは、怨嗟の炎を宿した状態でブツブツと言葉を紡いでいく。


「あの女ぁ……最後の嘲笑いやがってぇぇぇ……なんだあのこれが私の男ですって顔ぉ! こちとら死んだと聞いても十年想い続けてきたんですけどぉ! これが寝取りかぁ⁉ そんなジャンル許すわけないだろうがよぉぉぉ……」


 完全に恨み呪いをかける勢いのカレンだが、タケルも気持ちはわかった。


 ――死んだと思ってた大切な人が、敵として現れたんだもんな……。


 ――二度と会えない、大切な人。

 ――もしあれが彼女だったら、俺も正気じゃいられなかった……。


「エーデルワイス……」


 ほぼ無意識に、その名を紡いでしまう。


「あ・ん・た・もぉぉぉぉ……」


 そしてそれが聞こえたカレンが、幽鬼な雰囲気のままタケルの背後に回る。


「情けない顔してウジウジすんなぁぁ!!」

「うっ――⁉」


 そして丸まった背中をカレンが蹴り飛ばす。


「え?」


 なぜ? と思っているとカレンはそのまま倒れたタケルを見下し指を突きつけ――。


「あたしもたっくんが死んだって聞かされてた! けど実際は生きてた! だったらあんたの大切な人だって生きてるって思いなさいよ!」

「だ、だけどじっさい……」

「映像で見たって? 今時フェイクニュースなんていくらでも作れるじゃない!」

「ふぇ、ふぇい……?」


 カレンの怒濤の叫び。

 そしてこの時代に慣れてきたとはいえ、フェイクニュースの意味が分からず戸惑う。


「敵の言うことなんて聞く必要ないし、真実は自分の目で見極めろってこと!」

「っ……!」


 カルミアの用意した映像や言葉だけを信じる理由など、どこにもないことに気付いたのだ。

 

 カレンは再び瞳の色を消し、怨嗟の篭もった早口でブツブツと呟く


「あたしは信じないたっくんはあの女に騙されてるだけそれか偽物よだってたっくんがあたしを捨てて他の女のところに行くはずがないものたっくんは私だけのもの私だけの……」


 カレンの暗黒面を見たタケルが思わず一歩退いてしまう。

 同時に、彼女の言葉を聞いて、その通りだと思った。


 ――真実は自分の目で見極めろ、か。


 丸まった背中は伸び、目標がはっきりする。

 視界が、広けた気がした。


「……ふぅ。すっきりしたぁ」


 言いたいことを言い切ったカレンはようやく落ち着き、一息入れる。

 ようやく声をかけられるようになったカレンに、タケルは自分の想いを伝えることにした。


「俺も、エーデルワイスたちが生きてることを信じてみます……その、カレンさん」

「あによ」

「さっきは、ありがとうございました」


 タケルが恥ずかしそうに礼を言うと、カレンは帽子で自分の顔を隠しながら背を向ける。


「とにかく、一旦帰って情報を整理するわよ……色々と気になることもあったし……ん?」


 離れたところから規則正しい足音が聞こえてきた。

 それに反応したカレンが、咄嗟に杖を構えてタケルを庇おうとする。


「動くな!」

「っ――⁉」


 同時に、その足音の主たちが一斉に研究室へと入ってきた。

 全員が黒いヘルメットを被り、パワースーツを着た状態。

 数十人いる武装勢力は一列に並ぶと、武器を突きつけてきた。


「カレンさん、これって……」

「協会直属の装備……? ってことは……」


 カレンが睨み付けると、集団の背後からサングラスを付けてスーツを着た男が大剣を背負った状態で前に出る。

 十河連夜――ハンター協会直属のS級ハンター『獅子王レオンハート


「やっぱり十河さんかぁ……ねえこれ、どういうつもりぃ?」

「草薙尊。悪いが、一緒に来て貰おう。抵抗は許さん」

「……」

 

 カレンの言葉を無視して、十河は普段の弄られる様子からは考えられないほど真面目なトーンのまま、そう告げた。

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