第39話 未来への希望

「タケル!」


 慌ててカレンが近寄り、その身体を支えようとするが、怒り状態のタケルはカレンを睨んだ。

 近づくな、という意思表示。


「っ――⁉」


 それに一瞬怯んでしまったカレンは足を止めてしまう。

 ふと、タケルの身体を見た。


 身体はもうボロボロだ。

 敵からの攻撃によるものよりも、自らの攻撃に身体の方が耐えられなくなっており、拳からは血が流れ、全身の筋肉が悲鳴を上げるように震えていた。


 あれだけ強者として戦い続けてきた彼が、今は明らかに弱って余裕がない。


「あんた……」


 ――やっぱり、動きに身体がついてきてなかったんじゃない。


 それでも止まろうとせず、タケルは手負いの獣のように魔族を睨む。

 その自虐的な姿は、あまりにも人としての在り方から遠ざかっていて、まるで死に急いでいるかのようだ。


 ギリッとカレンは自分の唇を噛み、小さく呟く。


「ざっけんな……」


 その声はタケルには聞こえず、彼は手負いの獣のように敵を睨むだけ。


「このあたしが……」


――辛そうに戦うたっくんあんたを、放っておけるわけ……。


「ないでしょうがぁぁぁぁ!」


 そんな、自己犠牲を物ともしないタケルを見たカレンは歯を食いしばて炎を吹き上げる。

 突然のことに怒りに我を忘れていたタケルも驚き、目を見張ってカレンを見る。


「……カレン……さん?」

「一人で暴走してそんなにボロボロになって! あんたたっくんの身体だってわかって暴れてんの⁉」


 そしてカレンは気合いを入れて前に踏み出した。


「どうせ言ったって止まらないんでしょ⁉ だったらせめて体力が回復するまで休みなさい! それまでは……」


カレンは止めようと睨んできたタケルの前に立ち、守るようにカルミアたちと対峙する。


「私が相手よ」


炎を纏ったカレンが、魔族二人を威嚇するように睨む。


「ふふ、なるほどね」


 不意に、カルミアが笑い出す。

 彼女を見ると、再びファイルに目を落としていた。


 ――あたしなんか眼中にないって?


 それが舐められていると思ったカレンは、さらに瞳を鋭くした。


「なにがおかしい」

「ああ、ごめんなさい。貴方を笑ったわけじゃないの」


カルミアは微笑みながらファイルを閉じた。


「さて。気概は見せるのはいいけど――貴方だけでこの(・・)二人(・・)に勝てるのかしら?」


 その瞬間、穴の奥から黒騎士が飛び出し、カルミアを守るように剣を構えた。

 鎧はあちこちがひび割れているが、その威圧感は変わらない。

 ライアーも黒い手袋を伸ばし、やる気を見せる。

 

「ちっ」


 ――あれだけの攻撃を受けた以上、無傷じゃないでしょうけど……。


 それでも外から見た限り、致命傷を受けている様にも見えなかった。

 状況の悪化にカレンが舌打ちするが、カルミアはそんな彼女を無視して、楽しげにタケルを見る。


「救世主タケル。この城に招待した理由はね、貴方を知りたかったからなの」

「……なんだと?」

「思った通り、他者を信じず一人で戦う貴方の本質は私たち魔族に近かったわ。それでいて、人であろうとする矛盾も抱えている」

「っ――⁉」


 魔族に近い、というその言葉にタケルの表情の怒りが強くなる。


 そんなタケルをからかうようにカルミアは笑い、そして自分の懐からパンドラを取り出す。

 小さな四角の箱であるそれは形を変え、小さな黒い存在へと変貌し、うねうねと動きだした。


「これの名はパンドラ。身に宿せば、人は魔族となり、より強靱で新しい肉体を得ることが出来る魔族の秘宝」


 ――人間が、魔族にだと⁉


 そんなこと聞いたことのなかったタケルは驚く。

 だがエキドナが強大な力を持つテュポーンに変貌したのを過去に見ていたタケルは、それが適当なことを言っているとも思えなかった。


「魔族として私たちの仲間になりなさい。そしたらそっちの子を助けてあげる」

「っ――舐っめんなぁ!」


 カレンが炎を放つとライアーと黒騎士が動こうとするが、カルミアは二人を制して、自ら軽く手を振り払うと炎を消し去った。

 力の差を見せつけるような自然な仕草。カレンには見向きもせず、炎など最初からなかったかのようにタケルにだけ目を向けて語り続ける。


「あんな目に遭わされて、人に拘る理由などないでしょう? 魔族の世界は力がすべて。貴方はかつて以上の力を手にし、信頼できる仲間を得ることが出来るわ」

「よくもそんなことを……魔族がどれだけ人を殺してきたと思ってる⁉」

「このまま戦えば、その殺してきた人の中にその子も入るわよ?」

「っ――!」


 自分を守ろうとする少女を想い、怒りに支配されていたタケルの心が一瞬揺らぐ。

 それに気付いたカルミアが嗤った瞬間――。


「迷うな大和猛!」


 そんなカレンの叫びとともに、魔族たちの目の前で目の前に炎の火柱が吹き荒れた。


「「「っ――⁉」」」


 攻撃ではなかったため、魔族三人の対応が遅れて視界を遮られる。

 カレンは振り返り、そんな炎を背にタケルを睨む。


「……カレン、さん?」

「あたしは異世界がどんな場所なのか知らないし、あんたがこれまでどんな想いで戦ってきたのかも知らない! 苦しみをわかってあげられない! けどねぇ!」


カレンはタケルの両肩を掴んできた。


「この世界じゃ、あんたが一人で戦う必要なんてないのよ!」

「っ――!」


 ――そうだ……戦ってるのは一人じゃないって、俺はもう知ってたはずだ。


 タケルはエキドナとの戦いのときに気付いたことを思い出す。

 力強いカレンの瞳と、元々の名前を告げられてタケルの怒りに支配されていた瞳が徐々に正気に戻り始める。


「なにより……あたしは誰かに守られるほど、弱くない!」

「あ……」


 先ほどの会話で、カレンはそう言った。

 それを思い出したタケルは、自分がなんと言ったかも思い出す。


 同時に、カレンの心からの叫びによって、タケルの闇の魔力を徐々に霧散していく。


「ふん……ちょっとはマシな顔になったじゃない」


 怒りに支配されていた瞳も解けていき、カレンの勢いに圧倒されて呆然とする、元のタケルに戻っていく。

 それを見たカレンは、腕を組んで鼻を鳴らした。


「それで、まだ約束を守る気はあるわけ?」

「……」

「返事が聞こえないんだけど⁉ まさか忘れたって言う気じゃないでしょうね⁉」

「た、たとえ何があっても俺がなんとかします!」

「よろしい! ならあたしも約束する! あんたの言葉を信じて、絶対に死んでやらないってね!」


 ――お前の言葉なんて信用出来るか!


 昨日はそう言っていたカレンが、信じると言い切り、命を張ろうとしていた。

 それが心からの言葉だと、しっかりと伝わって来た。


「それで、答えは出たかしら?」


 炎が打ち消され、カルミアたちの姿が現れる。

 カレンが振り返り、杖を構えて警戒。


「今の隙に攻撃しないなんて、ずいぶんと余裕じゃない」

「こちらには、もう貴方たちと戦う理由がないもの」

「人を脅しの道具にしておいて、よく言うわ」


 そんな言葉を信じるか、とカレンは警戒を解かない。


 ――でも会話で時間を稼げるなら上等ね……。


 チラッとタケルを見ると、拳の怪我を治療し終えていた。

 それがわかってなお、カルミアは特に気にせず会話を続ける。


「仲間にしたいのは本当よ。来るべき戦いのとき、救世主タケルの力はきっと最後の鍵になる……だから――」


 カレンの横に動くタケルが、自らの手を回復させて傷を消して、戦いの意志を見せる。

 彼女の横に立つのは、人として在り続ける証明。

 先ほどまでの怒りに支配されていたときとは違い、ただ敵を見る目でカルミアを睨む。

 これ以上言葉を交わすことはない、と無言のまま。


「……そう、それが貴方の意志なのね」


 そんなタケルを見て、カルミアは残念そうに呟くと、その手をかざす。


「なら勧誘も失敗したことだし、今回は諦めるとしましょうか」


 タケルたちの前に、再び丸いゲートが生まれた。


「カレンさん!」

「わかってる!」


 二人は戦闘態勢を取り、同時に別れて動いた。

 青いゲートに触れればまたどこかに飛ばされる。


 それが地球なのか、それともこの異世界の果てなのか分からないため、術者であるカルミアを倒そうと両サイドへと駆けだしたのだ。


 そんな様子を、カルミアは呟きながら見る。


「己の力の源泉を理解してない未熟な異界の魔術師」

「っ――⁉」


 カレンの正面にはライアーが。


「そして実力を発揮できない器に押し込まれた、かつての救世主」

「ちぃ!」


 タケルの正面には黒騎士が間に入った。

 そしてカルミアを中心に、四人がそれぞれの動きをしながら戦いを演じる。


「貴方たち人間と、私たち魔族。生き残るのはどちらかしらね?」


 タケルやカレンの戦いを見ながら、カルミアは歌うように口ずさむ。



―――――――――――――――――――――――

【お礼とあとがき】

おかげさまで4巻発売前に『10万部突破』しました!

ありがとうございます!

これからも頑張りますので、良ければ応援よろしくお願い致します!

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