第4話

 グレイシャル家とブランディア家の初対面が終わった一月後ひとつきご、ニールの息子ジョセフは勉強部屋で歴史の授業を受けていた。


「ポポちゃん、ここわかんないです」

「ポポちゃんではありません、先生と呼びなさい」

「はーいセンセー」


 その教師の名は【ポポ•レータ】。ショートの金髪にややつり上がった三白眼、メガネにスーツといった姿はまさに女教師といったところ。ちなみに、背が低く童顔であることがコンプレックスである。


 レータ家の四女であるポポは学園時代にメーテルと出会い、卒業後は夢であった教師の道へと進んでいった。教師生活が板についてきたころ、1通の手紙から母親が病に伏せっていることを知った。看病のため、夢を諦め別の道を探していた丁度その時、メーテルから息子のジョセフの勉強をみてくれないかとの誘いを受けた。ポポはすぐさま返事をし、こうして教師を続けているのである。


「ではジョセフ、とはどんな人がなっているでしょうか」

「はい、ができる人です!」

「その通り。が使える人を貴族と昔は呼びました。よく覚えてましたねジョセフ、偉いですよ」


 また無駄にドヤ顔を披露しているジョセフは見慣れたもの。むしろ、そこが可愛らしいとさえ思い始めた彼女は「子どもいいなぁ」という独り言をよりにもよってメーテルに聞かれてしまい、しばらくの間イジられた。


「こほん。この国【アルメリア】とは、その魔法が使える人──貴族をリーダーに栄えていったのです。おうちの名前も貴族だけが使っていました。ですが、すごく勉強ができたり、運動ができたりした人を自分の従者にし、名乗りはじめたとされています」


 「つまりジョセフのことですよ」と伝えると、彼は目をキラキラさせる。


「さて問題です」

「はいっ!」

「元気があって大変よろしい! ですが問題は最後まで聞きましょうね?」

「はいっ!」


 本当に理解しているのか、若干の不安があるが問題を続ける。


「この国はアルメリアといいますが、いくつかある領地でジョセフが住んでいるのはドコ?」

「ココ!」

「ぶふっ……で、では、その名前は?」

「おうち!」

「ふ、ふふっ……領地の名前は何ですか?」

「ブランディア!」


 ポポは大声で笑わなかった自分のことを褒めてあげたかった。


「正解です、花丸をあげましょう。このブランディア領は現在ガイウス様が治めています。そして、将来その補佐をするのが貴方なのです」

「ほさってなーに?」

「助けることやお手伝いのことです」


 人が集まりアルメリアという国が出来た。人々は魔法使いをおさとし、いくつかに分かれ住んだのが現在の領地である。また、魔法が使えない一般人のうち特に秀でた才能を持つものを代表者に選出、そしてその者を補佐役とさせ土地の発展に貢献してきたのだ。


「ジョセフのご先祖様はとてもスゴい人だったので、負けないようにお勉強をしていきましょう。わかりましたか?」

「わかった、ポポちゃ…センセ!」

「はい、では本日の授業はこれにて終了です。お疲れ様でした」

「ありがとうございました」



 午前の授業が終わり、メーテルと昼食を摂ると陽気な日差しに当てられたのか、すぐに船を漕ぎ出した。

 一時間ばかし昼寝をしたジョセフは午後の授業を受けるべく運動着に着替える。上は白、下は黒の厚手の服装はどちらかといえば運動着よりも、道場などで使われる道着といったほうが相応しい。


 踏み固められた土が広がる庭へ到着すると、そこにはすでに先客がいた。

 200cm以上はありそうな長身に短く刈り上げられた焦茶色の髪、黒い瞳、そして大量の筋肉を搭載した、まさに武人という言葉が似合う男がそこには立っていた。


「バレットシショー!」

「来たか」

「きょうは何するの?」

「走る、剣を振る、戦う」


 バレットという名前の彼は、他領の騎士団に所属し副団長にまで上り詰めた実力のある人だった。しかし、孤児でありながら出世する彼を疎ましく思った同輩の手によって冤罪をかけられてしまう。領地からも追い出されてしまい途方に暮れていたところをガイウスに拾われ、働き先としてニールを紹介されたのだ。

 騎士団にいたころ、とある女使用人に所属が同じ騎士が強引に迫っていたところを助けた過去がある。その使用人が仕えている主人こそガイウスであり、騎士は自分に冤罪をかけた同輩であるのだから、人生とは奇妙な縁で結ばれているのだなと、当時のバレットは思った。


「シショー、きょうそうしよ!」

「わかった」

「よーい……ドンッ」


 実力•実績•人柄のすべてが素晴らしい彼だが、手を抜くことを知らない。それゆえに、たとえ子どもが相手でも一切の手加減をしないため……、


「………」

「そう不貞腐れないでくれ」

「シショーずるい!」

「ズルはしていない」


ジョセフにはしては珍しく、不貞腐れてしまっていた。同じくグレイシャル家で働いているポポが言っていた「ドヤ顔」とやらを見てみたいバレットだが、手抜きはせずとも手加減を知らないうちはお目にかかれないだろう。


「次は剣技の練習だ」

「む〜……」


 それぞれ木剣を手に取り向かい合う。「1...2...3」との号令で上から下へ木剣を振るい、時折空気を斬る良い音が鳴る。


「止め。ジョセフ、前回やったことを覚えているか?」

「はい、おぼえてます!」

「よし、ではやってみろ」


 ジョセフは木剣を構えると教えられた3つの技を繰り出した。相手の剣の側面を撫でるように反らせながらこちらの攻撃を通す【刃渡はわたり】。目線に切っ先を合わせて、足よりも突きを先に出す【ふくろう】。剣を軸にし、その影に隠れるよう身を守る【湯柱ゆばしら】。


「これらが基本の技だ。しっかりと覚えるんだぞ」

「はぁ、はぁ……はい」

「5分後に試合だ、休め」

「しあい! きょうこそシショーをたおす! ウオォォ───!!」

「休め」


 大きくゴツゴツした手で頭を鷲掴みされ、半強制的に休憩させられた。バレットは時々3歳であることを忘れてしまうほど、彼の身体能力が高いことに驚く。最初はいわゆる子どもの無尽蔵なスタミナかと考えたが、それでは説明がつかない成長をみせるのだ。

 自分が教育者として立派にやれるのか、そういった不安が当初はあった。しかし、ジョセフの明るく素直な性格が自分を救ってくれた。


(教育者としての才能があると勘違いしてしまいそうになるな)


 乾いたスポンジのように教えたことを吸収するため、あれよこれよと詰め込みたい気持ちがわいてくる。しかし、そんな彼だからこそ基本の大切さをよく理解してほしいのだ。


「試合だ」

「ウオォ──!」


 1試合3分を計5回。大きくなり学園へ通うようになれば、そこで【決闘】という剣技の試合を行うようになるだろう。この練習はその予行演習のようなものだ。


 息を切らして身体をを大地に投げ出しているジョセフと、汗もかかずに佇んでいるバレット。大人と子どもの体力差はあれど、それよりも技量が段違いなのは素人目から見てもわかるほどだった。


「まだ50秒あるぞ」

「ぐぬぬ……」


 生まれたての子鹿のごとく脚がプルプル震えている──と、その時「二人ともー」とメールの声が聞こえてきた。運動している二人に水と軽食を持ってきており、バレットは思わず振り返ってしまった。それを好気と見るや否や、ジョセフは突きの技【梟】を炸裂させる!


「えいっ!」

「ぐぁっ?!」


 炸裂した──ケツに。

 ゴゴゴ……という効果音が聴こえてきそうなほど、バレットの身体から闘気のような何かが出ていると幻視してしまう。


「後ろから襲うとはな」

「ヒィッ──!?」

「説教だ」


 決闘は正々堂々が原則である。練習の試合だからこそ忠実に守らなければならないのだ。

 それを分からせるために、脱兎の如く逃げ出したジョセフをバレットは追いかけて回し始めた。


「待て」

「ヤダ!」


 最終的に捕まり、今までの倍近く説教が続いた。メールは「あら〜」などと呑気に冷えた水をのでいた。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

「なるほど、その逞しい身体はバレットさんに鍛えられたからなのですね」

「ええ、師匠には感謝の念が堪えません」


 おや、少し時間が掛かりましたが出発するようですね。


「出発が遅いと何か問題があったんじゃないかと心配になります」

「ほっほっほ、たしかにそうですな」

「それで、次のお話はなんでしょう?」

「そうですな……数ヶ月は似たようなものでしたので、お嬢様と再会した時のことを話しましょうか」


 そう言うと、彼女は可愛らしい唇から「楽しみです」と嬉しそうにするのでした。


 はてさて、このままのペースで汽車が進むと、いよいよ私の身体が悲鳴をあげそうです。頑張れ私!






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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次回は、ネロお嬢様とジョセフがお互いにどの様な関係であるのかを勉強することになります。


子どもの体力って本当に無限なんじゃないかと錯覚してしまいますよね……。寝る時はスイッチが切れたかのようにパタリとするので不思議なものです。

それでは、また次回でお会いしましょう。


                    研究所

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黄昏汽車 研究所 @KenQjo

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