第3話
お嬢様ドロップキック事件からしばらくして、息を切らしたガイウスが、これまた息を切らした数人の使用人たちとともに
「ぐぬぬ…ゴメンな、さい」
「私からも謝罪する、すまないニール、ジョセフ」
明らかに納得のいっていないネロではあったが、頭にタンコブという令嬢らしからぬ姿で再登場したことと、現当主のガイウスが謝罪したことで、ニールたちはこれ以上なにも追求しなかった。
「はい、謝罪を受け取りました。ジョセフも無事なようですので、改めてよろしくお願い致します」
「ああ、よろしく頼む。ネロ?」
「よろしく……おねがいします」
気まずい雰囲気がただようなか、それを壊すようにジョセフの腹の虫が鳴る。
「ガッハッハ! やはり大物になるぞ!」
「……お恥ずかしい限りです」
「おおものです!」
親の苦労子知らずとはよく言ったもの…親の不安はなんのその、やはり無駄にドヤ顔を披露したジョセフと、威嚇をしているネロ。しかし、一同が感じていたどこか暗い気分を壊したのも事実。中断されていた両家の顔合わせを行うべく、使用人たちは庭へ朝食を用意した。
立食形式の朝食はパンやサラダをはじめ、肉、魚、スープなど各々が楽しんで食事がてきるような気遣いが感じられる。なかでも、口いっぱいに食べ物を頬張りハムスターのようになっているのは、鼻に詰め物をされたジョセフくんその人である。
本来であれば父親として、旦那様に仕える従者として叱らなければならないが、息子の頬をパンパンにしているのは何を隠そう
「つぎ、
「んふぅー!」
はたから見れば微笑ましい光景だと思われるが、その実、ネロはただただ限界まで食べ物を突っ込みたいだけであり、ジョセフは脅威の容量を誇るホッペタで食事をしているのである。だが、さすがに見かねたのか、メーテルとカーシェの二人が止めさせた。
「むぅ……くやしい」
「何が悔しいですか、どこの世界に従者の頬を限界まで膨らまそうとする令嬢がいるのです」
「ジョセフ、アナタもお行儀がよくないのは分かりますね?」
「はい…ごめんなさい」
何をしでかすか分からない子どもらをイスに座らせ、ようやく穏やかな朝食の時間が訪れる。
夫と妻とで別れ、それぞれが話に花を咲かせていたころ、二人の子供は年相応に遊んでいた。
「ねえ、あんた!」
「ジョセフです、おじょうさま」
「あたしはネロよ! ふつうにネロでいいわ!」
「うーん…わかった!」
「じゃあ、鬼ごっこしましょ! あんたが鬼ね!」
「へ……?」
急きょ開始された鬼ごっこ。呆然とするジョセフをよそに、脱兎の如く逃げ始めるネロ。
「まっ、まってよー!」
「いやよっ! まったら鬼ごっこにならないじゃない!」
ジョセフは幼いながらも、この
使用人たちの隙間やテーブルの下、はては木の上にまで登り、令嬢とは思えない逃げっぷりを発揮する。
「つ……つか、まえ、た」
満身創痍という言葉が似合う状態でようやく捕まえたのも束の間、女の子の可愛らしい口から「10…9…」とまったく可愛くないカウントダウンがスタートされる。
(ヤバいヤバいヤバい!)
本能で理解した。ここに居ては自身の
ならば取る選択肢はただ一つ、逃走である。
「1…0! まちなさーい!!」
それからというもの、片方が必死で逃げ回り続ければ、これまた片方が全力で追いかけ回していた。後日、使用人たちが語るのは「まるで野生の猛獣の
「はぁ、はぁ、まちなさいって…言ってるでしょうが!」
「ぜったいにイヤだ!」
同年代でも抜きん出た身体能力があり、これまで負けたことはなかった。しかし、全力を出してもなかなか捕まえられない状況に陥った彼女は、疲労からか注意力が散漫になってしまい、ついに───。
「あ───」
足がもつれた。
花壇を囲うレンガの角。
ぶつかる。
──ガンッ!
誰もが間に合わないと思った。
「……ネロ、だいじょぶ?」
だが、気がつくと彼がいた。
「なんで…?」
心配させないように笑う彼がいた。
「ん〜…なんでだろ、わかんないや」
「よくやってくれぞジョセフ、流石はニールの自慢の息子だ! おいっ、この子を早く医務室に連れて行くんだ!」
ガイウスの命令で慌てる事なく迅速に行動を開始した使用人たち。医務室へ連れて行かれる彼を彼女は呆然とした様子で見送っていた。
▽▽▽▽▽
治療が終わったのち、この騒動がきっかけとなり、初の対面は終了となった。
「すまない……ジョセフの傷は残ってしまうかもしれん」
「お気になさらないで下さいませ。お嬢様をお守りできたのです、この傷はその勲章となりましょう」
「そうでごさいます。女の顔にできた傷は何かと噂になります──であれば、息子の行動は間違っていなかったかと」
「…そうか。ならば謝罪では相応しくないな。ニール、メーテル、そしてジョセフ、よくぞ娘を守ってくれた、感謝するっ!」
「「はい」」
「むふ〜」
恭しくしている
「……ねえ、もっかい…名前」
最初の凶暴な印象とは打って変わり、もじもじとしている。片手で真紅の髪をくるくる、くるくる回すと、ホッペタに若干の赤が差し込んだ。
「もっかい、名前…おしえてよ」
一同は驚愕した。今までこんなにも恥ずかしそうに…より正確には大人しく人に物を尋ねたネロを見たことがなかったからだ。
「ジョセフ•グレイシャルです、おじょうさま」
彼から素直に笑顔で答えが返ってくると、彼女はこれまたとびっきりの笑顔で「わかった!」と喜んだ。
だが、「あっ、そうだ」と余計な一言をジョセフは言う。
「おじょうさま」
「なっ、なに? つぎ、あそぶ日は」
「お肉だけだと牛になっちゃうよ?」
ピキッ。とある猛獣のコメカミに青筋が立つ。
朝食の時である。彼に食べ物を突っ込む作業を中止されると、今度は山のように盛った肉をペロリと平らげていたのを見たのだ。日頃からバランスよく摂るようにと言われているため、ネロにも親切心から出た言葉だったが、言い方が悪かった。
「すぅ──…ふんっ‼︎」
深呼吸。続いて、髪をいじっていなかった手を大きく振りかぶり、持っていたモノを投げる!
「あがっ?!」
スコーンッと、頭に命中。上に跳ねたモノがメーテルの手へとゴールイン。
「もうしらない! バーカ、バーカ‼︎」
彼女はそう言い放つと全速力で屋敷へと戻ってしまった。
「申し訳ありません…」
「いや、気にするな。可愛いもんだ」
ジョセフはメーテルからどうして彼女が怒ってしまったのかを淡々と聞かされ、投げつけられたモノを見た。
「次にお会いしたら謝るのよ、いいわね?」
「……はい、ガイウスさま、もうしゃわ…もうしわけありません」
「ガッハッハ、大丈夫だ! ネロも本気で怒ってはおらん。そら、窓から隠れて覗いているだろう? だから次も会ってやってくれ」
「はいっ!」
「よしっ。では、さらばだ!」
別れの挨拶を済ませて、グレイシャル家一行は馬車へと乗る。発車する間際、ジョセフは窓から手を振ると、真紅の髪を覗かせながら振り返された。
「あら、おじいさんみたいに黄昏てるの? 帰ったらそれ、使わなきゃね」
「うん」
窓から夕陽を見ていたジョセフ。その手にはネロから投げられたモノが握られている。
品名にはこう書かれていた、【ごめんね、傷薬です】と。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「以上が私とネロお嬢様との出会いでございます」
「な、なかなか衝撃的ですのね……ドロップキックといい、鬼ごっこといい」
そうですとも、お嬢様との日々は刺激的であり、忘れる事は恐らくできませんとも。
「その、貴方はそんなことをされて、お嬢様を嫌いにならなかったのかしら?」
「嫌いに……ですか、ふむ」
お嬢様を嫌いに……ああ、やはり──。
「あり得ませんね。ほっほっほ」
「あり得ないの? なんで?」
「なんで」ときましたか。この時、自分の語彙が豊富であれば喜ばしいのですが、いかんせん、今でも言葉に出来ず仕舞いなのです。
「なぜでしょうか、嫌いにならないのですよ」
「暴力を振るわれても?」
「振るわれても」
「………そういうものなの?」
「紳士という生き物はそうなのです」
格好つけてウィンクなんかをしてみると、彼女は「なにそれ」とくすくす笑います。その笑い声のなんと心地よいことか。
すると同時に汽車が徐々に減速をし、止まりました。
「おや、まだまだかかりそうですね」
「ええ、それまでお話をいいかしら?」
「紳士ですので」
よしっ、また笑ってもらえました。
ではでは話の続きを、私の
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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さてさて、かなりの凶暴性を発揮してくれたお嬢様でした。そんな彼女の従者となることが確定しているジョセフ君には、是非とも生き残ってほしいです。
某マンガに「黒棺」という技があるのですが、それの完全詠唱なるものを練習した事があります。今となっては黒歴史ですが、必殺技などのセリフを覚えようとしたのは全人類共通ですよね? そうだと言ってほしい作者なのでした。
研究所
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