華薫華の男たち 2

 鼻先から赤い血液が滲み出てきた。一瞬何が起きたのか剣を振りかざした男でさえもわからなかった。

 

 パルは目を真ん中に寄せ自分の鼻先に刺さる剣の先に気づいた瞬間、両手を激しく振りながら、


「あわわわわ、チエ様〜」


 激しく取り乱し助けを求めた。


 求められたチエも驚愕し「きゃー!」と両手を口に覆い悲鳴をあげる。


 華薫華かくんか遊興ゆうきょうに来ている星人や研究員たちもみなおののいて距離を取る者もいれば、慌てて華薫華かくんかの中へと逃げ込もうとする者もいた。


「パルさん!」


 マリモから駆け出て背後に近づいた瞬間に目を閉じ硬直したパルの身体はディエンツの腕の中に倒れ込んだ。それを全身で支え、抱き抱えたまま地に膝をつき心配そうに顔を見つめている。寄り添うチエは意識を戻させようと頰を叩き、


「パルしっかりして、パル!」


「パルさん……大丈夫ですか……なんてひどい事を……」


 ディエンツは鼻を覆うパルの手を握りしめ反射眼鏡の下から男を見上げた。


「なんだ!お前は俺を見てるのか、たかがドーム警備隊の分際で!」


 ディエンツの睨んでいる目は見えないものの噛み締める唇を見れば憤怒ふんぬ度合どあいがみて取れる。


「なにをしてるんだ!」


 華薫華かくんかの扉から三人の男が駆け出てきたがその内のひとりが剣を持った男の手首を掴んで睨みつけた。


ごう!お前、いつも言ってるだろ!客に向かって、容易たやすく剣を抜くなと、いい加減にしないか!」


「そんなに目をむいて怒るなよ。ちょっと手元が狂っただけだろ」


 と短髪の頭をくしゃくしゃと掻きむしった。


「狂っただけだと、まったく!大丈夫ですか」


 男は鼻を覆うパルの手を避け傷口を確認した『あっ……』その時チエは男の素早い対応をまじろぎもせず見ていた。


「あっパルの傷が……」


 パルの掌には微量の血痕が付着しているが鼻筋にはわずかな剣先の跡しか残っていない。男は自分の目を見るチエの瞳に吸い込まれるような感覚を覚え心臓が早鐘を打ち始めた。


「えっ……あっ……」


 チエの瞳に惹起じゃっきさせられそうになった男は目を逸らした。


「貴方が出血を止めてくれたの」


「えっ……あの、と……と……とりあえずよかった。大した傷ではなくて、本当に申し訳ない事を……しました」


 色白で白いワンピースを身につけた姿のチエの瞳は艶やかで潤い一層際立っている。さりげなくちらりと見やると剣を掲げる男に振り返って叫んだ。


「豪!お前はただちに自分の部屋に戻り謹慎していろ」


「はいはい、わかりました。お前ら行くぞ!ちょっと手元が狂っただけなのにな〜」


 剣を鞘にしまって悪ぶれる事もなく配下の五人と談笑しながら華薫華へと戻って行った。ごうの背中を眺めながらため息をついた。


「順次、入館してもらってくれ」


「はい!」


 配下の二人が人類に向かって動作で華薫華かくんか入り口へと促す。指示通りに大扉に向かって歩き出す人類達、その間もチエは男の横顔から視線を外すことなく見つめていた。


 自分のことを凝視しているチエの目が視界に入る。チエをみたいという欲求に駆り立てられるが視線を合わせてしまえば心が囚われてしまうと客観的に分析し、視線を合わせないように敢えて少し俯き加減で向き合った。


「初めまして、chie5、本当に申し訳ない事を……しました。来館初日だというのにこんな目に合わせてしまって、あの者には常に注意をしているんだ。でも見ての通りの性質で抑制のコントロールが効かなくて困ってる次第で、決して悪い奴では……ありませんので、許してやってく……ださい。マイン、彼を救護室へ運んでくれ」


「はい!」


 マインと呼ばれた男が駆け寄って来てパルを軽々と抱き抱えた。チエは同時に立ち上がりマインの顔をまじまじと見つめる。


『190zent、強腕で彼の力に勝る者はいない。ここにいる人の長躯ちょうくは武力の為の成長促進剤投与……待って、さっきから私じゃない……誰かが……この人は180zentはある……』


 チエはぐっと目を閉じた。脳内で明らかに意識に反して声が聞こえてくる。


「chie5……どうか……なさいましたか」


 男の声に目を開き顔を見上げるも男はチエからサッと目を逸らした。


せい、行くぞ」


 もう一人の男はこくりと頷き先に歩き出しその後にパルを担いだマインがついて行く、


「さぁ、chie5、君は警備隊員のディエンツ」


「はい」


 おとしめる事のない人当たりの良い笑みが、ガイト人に対する心得を打ち崩す。


「コンタクで待機せよ」


「はい!」


 敬礼をし一礼したディエンツはマリモの中に乗り込んでそっと男の様子を伺った。


「さあ、チエ」


 うながすその右手首にはバーコードが記されてある。チエは男の横顔を見上げた。


「どうかしました。chie5」


「あの……その呼び方、私のことをchie5というのをやめていただけませんか、チエと呼んでください。それと……」


「それと……」


 男は言葉を発する度に詰まらせる。普段使わない敬語はいざという時に正しく使うことができないようだ。


 一応、チエに対しての言葉遣いに気を配っていらつもりであるが既にボロが出てしまっている。


「あの、私のことを見てくださいませんか、先ほどから全然見てくれないのはどうして」


 互いの目を見て会話をすることが当たり前のチエにとって男の挙動は不自然だった。


「あっ……失礼……しました。その、別にチエを見ていないわけではなくて……その、なんと言えば良いのか、あまり気にしないでくれ、自己紹介がまだだったな。私は光聖こうせいだ」


 立ち止まって差し出す手にチエは戸惑いながらも手を絡めて光聖こうせいの目を見上げたがやはりどこか違うところを見ているようだ。


「あの……こっちを見て……」


 光聖こうせいはちらりとチエを見て握る手に少しだけ力を入れたチエは握られた手を見る。


「あの……パルは大丈夫でしょうか」


  男系と握り合う自分の手を見つめていると心にふと温かな気持ちが芽生える。


「はい、彼は気を失っているだけなので、時が経てば意識は戻るだ……ります」


「気を失った……パルは個体システムなの、フリーズしたというならわかるんですけど」


「チエはそのように教育されてんだな。そう思うのも無理はない……のでしょう。しかし、彼はシステムではなく貴女の守護神トッラリィだから、個体システムではないんだよ」


「さっきの方もそんな事言ってたけれど、私の守護神トッラリィはルイ・ジェットです」


 と微笑んだ。


「ルイ・ジェット……ですか」


「ご存知ですか、彼のこと」


「……さぁ、は知らないんだ。さあ、ここが華薫華大扉かくんかジィヒィフェルシュ、です」


 広い間口を紹介するように手を動かした。


【ようこそ chie5 お待ちしておりました 本日は思う存分楽しんでください】

 

 華薫華大扉かくんかジィヒィフェルシュのどこからともなく挨拶の声がした。チエはあちらこちらみている。


「声の主は門番のヒコナツ」


「門番……ヒコナツ……どこを見れば良いのかしら……」


【こちらです】


 と声のする方見るけれど華薫華かくんか全体から聞こえてくるような気がして定まらない。


「楽しまなきゃって思うけどパルが心配で楽しめそうにないの」


【彼は大丈夫 心配無用、今から8分後には目を覚まします】


「今から、8分後……」


「チエ、パルは必ず8分後に目を覚ます。ヒコナツが言うから間違いない。安心を……」


 チエの背中に手を添わせながら優しく微笑んだ。エスコートされる心地よさを感じたチエだが光聖こうせいは今もってチエの瞳を見ようとしない。


 大扉ジィヒィフェルシュくぐり抜けた瞬間に、違和感を感じて振り返えった。


「どうかし……なさいましたか」


「いえ……『ヒコナツってどこにいるんだろう……だけど思っていた以上に進化を遂げてる。ファイルにはこんな事全く記載されてなかったものね。不思議だけど嫌な感じが全然しないの、この目でしっかりと確かめなければならないことが沢山あるみたい』」


 前を歩くマインのブーツにも隣を歩く光聖こうせいのブーツにも三個のキューブがゆらゆらと揺れている。


 それを見つめる好奇心に満ちたチエの目を光聖こうせいは横目で確認し微笑んだ。






 

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