ドーム18

 チエが目覚めて13年目の朝である。いつもと変わらずベットから寝ぼけ眼で起き上がり裸足でぺたぺたと音をたてながら歩く姿は目覚めたあの朝となんら変わりがない。


「えっ?パルゥゥゥ!」


 鏡の前で自分の姿を見て驚愕した。


 リビングのソファに座ってアルに表示されているマセンガ情報をのほほんと眺めていたパルはチエの悲鳴に飛び上がりキッチン奥にあるパウダールームに駆け込んだ。


「チエ様!どうなさいましたか」


 鏡の前でチエは鏡に映る自分を見ていた。パルは鏡の中を除き見て、


「どうなさいましたか?チエ様」


「パル……髪の毛がくるくるウェーブ……どうして?」


 昨日までストレートヘアーだった毛髪には柔らかなウェーブがかかっている。

 それはチエのおおらかさと優しさを一層引き立てるような、また少し大人の女性に魅せる。


「どうしてと、訊かれましても、どうしてなのでしょうね。しかし、チエ様、昨日のチエ様に比べて少し大人びた感じで美しくなられてませんか?私に相応しいレディーになられましたね」


 チエはひとつため息をついて、


「パルに相応しい?」


 と首を傾げた。


「はい!私のようなイケメンと並ぶと、これは素晴らしい、美男美女と言うんでございましょう」


 鏡の中の二人を見つめるふたり、


「貴方に訊いたこと、間違いだったわ、アルに訊くべきだった。ごめんなさいね。そこどいてくださる」


 チエはフン!と鼻息荒くパルの横をすり抜けてリビングのモニターアルに声をかけた。


「この髪型はなにかしら?急にウェーブヘアーになるなんてどういうことなの?」


 ウェーブのかかった柔らかい髪を手で触って見せた。


【本日は誕生から18年でございますね。おめでとうございます。いよいよ社交の場へお出かけになれますよ】


「そうね、社交場へ出かけられる年齢になったのは嬉しいんだけど、それよりも、このヘアースタイルはどういう事」


 アルは画面に本部よりのメールを映し出した。


「ドーム001 chie5 生誕より18年 本日よりマニエからの外出を許可する 規則を守り門限までに帰宅すること 規則違反は一ヶ月の自宅謹慎処分 以上、午後三時、プレゼントをお届けします。だって」


 とチエは読み上げ、


「これだけ?」


 と疑問に思った。


【これだけ?とは】


「許可証とか、他なにか必要書類に記入とかしなくていいのかしらん。って思ったの。同意書とか合意書とか契約書的な?」


【なにを言っておられるのかよくわかりませんが、チエ様はいつの時代の手続き方法を言っておられるのでしょう】


「いつの時代って?そういうものではないの」


「一夜明けて、少し大人になられていると思ったら頭の中は原始に戻る。これは一体なにが起きているのやら」


「パル、貴方って、年々、癖が強くなって、口が悪くなって性格が歪んできてる」


「癖が強く、口が悪く!性格が歪んできてる?フンッ、持って生まれたものですから!そんなに代わり映えは致しませんよ。それよりも、チエ様の脳波を調べたほうがよろしのでは」


「まあ、失礼ね!」


 自分の体の変化に疑問がよぎる。この変化の理由を知りたくてアルに問うても核心を掴ませないように話を逸らされる。


 パルはいちいち邪魔をして確信に迫ることができない。


 チエの深く考える傾向の性格は記録の中に存在していない。


 故にアルにとって心配の種であり、それはパルも感知していることだった。


 チエを横目でチラリと見て、


「アル、チエ様の脳波を調べてみてください」


「大丈夫だってば!パルって本当に意地悪ね!貴方、どこかエラーを起こしたまま不能になってて、知らないに壊れてるんじゃない?私の脳波よりもパルの破損箇所を調べた方がいいみたいよ。アル」


「なってことを……チエ様!チエ様こそ、ひとつ歳を重ねるごと、このように性格が悪くなるとは、幼いままのチエ様でいた方が良いのではないですか、自分のこと棚に置いて、わたくしの性格が歪んでいるとか、口が悪いとか、癖が強いとか、アル!どう思います?」


【どっちもどっちなのでしょう】


「まあ!アルったら!」


「まあぁ、アルも相当、性格悪いですからね。システムのくせに!」


 いつのまにかトライアングル状態の位置に立ち、互いに対峙して睨み合っているとモニターから状態変化をしたアルが姿を現した。


「でた!」


 パルは大袈裟に慄いて見せる。


「ねえ、アル、それってポログラムなの?」


【いいえ、ポログラムではありません、ポログラムとはレーザーを使って立体画像を記録したモノを示すようです。私は記録したモノではありません。私はここに、こうしてアルとして存在しているのです】


「言ってる事がチンプンカンプン!」


「ちんぷんかんぷん?またそんな言語使って」


「チエ様」


 パルはソファに座りながら、


「チンプンカンプンって、面白い響きですよね。わたくしはこの言語をこの国に持ち込んだ方とお会いしたいですね。この様な面白い言語の国が、どこに存在するのか、できる事なら行ってみたいですね」


 ソファに座って暢気のんきな事を言ってるパルの背中を見つめながら、ウェーブのかかった髪を人差指に絡める。


 チエは忍び足でパルに近づいて棒状に突っ立つ五センチの白い毛に指を突っ込んで人差し指をくるくる回してみた。


「チエ様、なにをされます。無理ですよ。私の毛はチエ様のように柔らかくありませんからね。これ以上伸びもしなければ、短かくもならず。また抜けることもありませんから」


 と言いながら立ち上がりチエのウェーブのかかった柔らかい髪の毛に指を突っ込みくるくると指を絡めた。


「ねえ、座っててくれないと、その頭のその白い棒に触れられないわ!座って」


「白い棒?ムッ、なんて事を!これは棒ではありません!これでも毛髪なのです。少々固めですが!許しませんよ」


「いやあぁぁ!パルやめて!」


「なんとまあ!柔らかい毛髪ですこと!面白いほどに指に絡みますね」


 生誕18年目を迎えたチエ、いつまでも幼子のようにじゃれあっている二人の様子を見ていたアルは自分の実際の有様を打ち明けようと思っていたが、チエの煩悶はんもんも打ち消された姿を見て安堵あんどし、寂しそうに微笑むと天井のパスムの中に吸い込まれ消えた。


 パスムとは粒子間の引力の働きにより粒子が一定の位置に固定し、規則正しい配列をした結晶で人姿を見せることができる装置、


 アルは別の場所からパスムを通して、あたかもそこにいるかのように形状を現していたのである。


 二人はいまだに天井に装置されているパスムの存在に気づいていない。




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