隣の子はどこへ

【解析完了】


 パルはキッチン奥の側面の壁に秘密裏に設置したボタンを押した。


「シールド完了」


 パルはマセンガ本部の監視システムと連結しているアルから情報や会話が漏れないようドーム内にシールドを張り巡らせた。


 このシステムはチエが2年前に開発しプログラミングしたものだ。


「チエ様、3分ですよ」


「ありがとうパル。アルお願い」


【ドーム002イルは、ハッキングされており、本部には間違った情報が流れていたようです。五日前に突然JAP/clo.hu.hyu8は姿を消した。抹消されてわけではなく忽然こつぜんと消息をたったようです。本部は内密にhyu8を捜索していますが未だに見つかっていません。以上、彼からの情報はこの程度しかありませんでした】


「全て消去して」


【了解】


 パルは再びキッチン奥に行き防御システムのボタンを押し解除した。


「シールド解除と、しかし忽然こつぜんと消える事などできるのですか?不思議ですね。どうやってこのドームから抜け出せる事ができたのでしょう」


 チエは真っ白な無機質のリビングにある曲線がしなやかな白いソファに座った。

 

 パルもその横に座り全面の大画面モニターのスイッチを入れる。


 画面にはチエが好む森林の映像が流れ小川のせせらぎ音が静かに流れ出し心を落ち着かせてくれる。


 このせせらぎ音はドーム内の会話を傍受されないよう防護装置のひとつなのだ。


「チエ様もこのドームから抜け出せる事ができるという事ですね。hyu8という名前の彼はとても可愛らしい少年でしたのに、つまりあの少年には支援者がいるという事なのでしょうか」


「支援者ってどういう事?」


「さあ、チエ様がわからない事、私にはわかりません」


「今、パルが言ったのよ」


「なんと言いますか、このドームを出て、どこへ行くというのでしょうか……行く先は、ガイト帝国しかありませんでしょ。チエ様」


「そうね。でもどうやって……」


 チエは隣のあの少年がこのドームから姿を消すことができる方法を思い描いていた。


 もし、ここから抜け出せる方法があるとしたら、地面に穴を掘って逃げるとか、空からヘリコプターで逃げ出すとか、時折このモニターに流れている何処か原始的な映像の様な手段しかない。


 しかしそれはこのマニエの地では不可能である。


 ドームは一体化され隙間がなく外部からの侵入も内部からの脱出も不可能なのだ。


 ドームを破壊するという毀損きそん行為を行えば本部のシステムに警告音がなり、直ちに警備隊がやってくる。


 空からの侵入も絶対に不可能であるし、つまり、チエの脳裏にはテレポートという手段しかないと結論づける。


 それは高度な技術を開発できる人材が、ガイト帝国に存在するということなのだが、

 

 アルから教わったガイト帝国の論説は悪の巣窟であり、過去には犯罪者を送致する監獄の地であったという事、悪の魂を持った者が生死の狭間でどの様に朽ちていくのか研究している場だと聞いている。


『あの不肖な者たちしかいないはずのガイト帝国に有能な人材がいるとしたら、マニエ本部は嘘を教えている事になるのよ』


 チエはそっとソファから立ち上がった。


「どうなさいましたか、チエ様」


「パル、少し頭が痛いの、ベッドで休むわ」


 チエはソファ後方の無菌室に入るとカプセルは床まで降りてきて蓋が開いた。

 チエはカプセル内のベッドに横たわり目を閉じる。ドームの蓋が締まり、小川のせせらぎ音が静かに流れ出す。


 パルはドームの蓋に張り付いてチエの顔を見つめた。


 チエは目を開き微笑んだ。


「パル、それやめて、顔が潰れてるわ、それに鼻の中が丸見えよ。大丈夫だから、少し休めば良くなるわ」


 そう言って再び目を閉じた。しばらくすると呼吸が寝息に変わり、アルのモニターにはチエの心拍数と血圧、脳波の数値が表示されどの数値も安定している事をパルは横目で確認した。


 チエの心を揺さぶるような興味が湧き出れば脳内は刺激され、成長段階のチエには悪影響が及び、今のような頭痛という症状が起きてしまう。チエが眠っている間、パルはずっとカプセルに張り付いている。


 一時間ほどでチエは目を覚ました。丸い蓋に張り付いたまま眠ってしまったパルの手はセラミックの蓋に吸盤のようにくっついている。


 変形自在のパルはまだ自分がその様なタイプだと気づいていない。チエはカプセルの蓋越しに手のひらの吸盤に触れた。


「なにかしら、これ?」


【チエ様、お目覚めですか、頭痛は治った様ですね】


「ええ、ねぇアル、パルのこの手の吸盤はなに?」


【気になさらずに、吸盤になりたかったのでしょう】


 カプセルの蓋が開くとパルは蓋にくっ付いたまま反対側に滑り落ちた。


「いたたたたた!チエ様、お目覚めですか」


 素早く立ち上がって浮いているカプセルの中を覗き見た。


「ねえ、パル、わたし……ガイト帝国へ行ってみたくなったわ」


 パルはチエが目覚めた喜びの笑顔から真剣な顔立ちになり、


「……さような事を考えてはなりません。壁に耳あり、障子に目ありですよ」


「なに言ってるの?壁もなければ障子もないでしょ」


「なにを言ってるのですか、チエ様、密談は漏れやすいものだから注意しなさいという戒めです。決してそのような事を発言なさってはなりません」


「パルは時々、ルイみたいなこと言うのね」


「さようですか?ところで最近ルイ様はチエ様に語りかけられてこられますか」


 チエは二、三度頭を左右に振った。


「ずっと、そばに居てくれるって言ったのよ。なのに、ルイどこへ行ったのかしら」


 チエは真っ白な天井を眺めながら下唇をきゅっと噛んだ。

 パルはドームの庭に目を向けて立ち上がると無菌室からリビングを抜け自動扉が開くとそこから庭に一歩出た。


 ドームの天井から見える景色は白い空である。外部がどの様な景色なのかパルは全く知らない。チエ同様、外部の世界への憧れが、心を締めていく感覚を覚えた。


『やはり、私はチエ様と一心同体、思うこと願うことすべて同じなのですね』パルは、部屋の方に振り向き、


「チエ様、こちらに来てください」


 チエはカプセルから出てドームの庭へと出てパルの傍に立った。


「どうしたの」


「今日の景色は、洞窟の中ってのはいかがでしょう」


「いいわね。アル!洞窟にして」


【了解】


 二人は相変わらず真っ白な衣服をきているが、いつの間にか洞窟の中を歩き回る探検隊の装いになっていた。









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