配給のパンケーキ

 二人はうきうきとしながらドーム内の入り口でまだかまだかと待っている。今日は週に一度の嗜好品配給日だ。


 


 昨夜、届いたメールには今週のメニューが添付されていた。


 二人はアルに映し出されたメニューをまじまじと眺めているが、パルの心はすでに何を選ぶか決まっている。しかし決定権はチエにあるためグッと口を閉じチエの動向を伺いながらも痺れをきらして、


「考える必要などなく、今回もパンケーキセットですよね。チエ様」


 と言った。モニターには、子供用の玩具、プラモデル、書籍、漫画、パンケーキセット、洋菓子セット、麺類、スナック菓子、和菓子、果物等の画像が映っている。この決められた品の中から選ばなくてはならない。


「私は書籍がいいなぁと思ってるのよね」


 と、つぶやいた。


 いつもふざけているばかりのパルに少しばかりお仕置きをしたいと思っていたところで真面目な顔をして言ったみたら、パルは思いのほか、真面目に受けとめ、目を見開き真っ赤な顔をして頬を膨らませた。


 チエはその顔を見てプッと吹き出す。


「冗談よ。パンケーキに決まってるでしょ」


 微笑みながらパンケーキセットの画像をクリックした。


「それでこそ、チエ様です。週に一度なのですよ。絶対にパンケーキに決まっています。週に一度だけだなんて、もの足りないじゃぁありませんか、毎日配給されれば良いと思いません」


「おやつは毎日食べたいものね」


 二人はこの配給を心から待ちわびている。チエにとってアルから知識を学ぶ事以外他にすることはなにもない。自由もなく、なにかを望むことも許されず、ドームの中で一日を過ごさなくてはならないのである。

 

 外部へ飛び出したいと願った時点で抹消されてしまう。監視の目は厳しく常に緊張感に包まれていた。


 チエは目覚めてから間なく、アルによって徹底的にマニエの規則を刻み込まれ、自意識の芽生えを抑止するように導かれている。




 二人は首を長くして待っている。


「まだですか〜」


 パルはドームの扉に張り付いて外を眺めている。


「ねえ、パル」


「なんですか?チエ様〜」


 陽気な声を出して目を輝かせながら振り向いた。


「あと十秒あるのよ。そんなにドアにへばりついても仕方ないの」


「待ち遠しいのです」


【5.4.3.2.1】


 アルがカウントを取りはじめ【0】と言ったと同時にグイーンとドームの入り口が開きパルはそのまま前方に倒れた。


「うっ!うっうっうっ……いたい」


「もう!パルったら!」


 チエは慌ててパルに駆け寄った。地面に打ちつけたパルの額と鼻先がほのかに赤く染まった。


 二人の目の前に、ドーム001–担当警備隊ディエンツの脚が見え二人はゆっくりと見上げた。


「パル!しっかりしろ!チエ様にご迷惑をかけるなど許しがたい行為。直ちに立ち上がれ!」


「はい!」


 二人は姿勢を正してディエンツを見つめた。ディエンツは全身ダークカラーのスーツで身を包み反射眼鏡をはめている。その眼鏡にはチエとパルが写り込んでいた。


「チエ様は宜しいのですよ。パル!この頃、怠惰であるな!」


「怠惰ってそんな事ありませんよ。ディエンツくん、私は怠けてなんていませんよ」


 チエはディエンツの腕を掴んでドームの中に引き入れた。


「チエ様……なっ、なにをなさいます」


 と言いながらも声が嬉しそうである。


「なんです。そのデレデレした声は?」


 パルは皮肉っぽく声を変え顎を突き上げ、ディエンツの眼鏡の奥の目を睨みつけた。


「ふん!」ディエンツは鼻を鳴らし鏡の眼鏡でパルを睨み返す。


「ねえ、ディエンツに訊きたいことがあるの

お隣の少年のこと知ってる?」


 ディエンツはぐるりと方向を変えドームから逃げ出そうとした。チエは急いでドアとディエンツの間に立つと、奥歯を噛み顎を引き締めて怒った顔を作り両腕を掴んで立ちはだかった。


 そして満面の笑みをディエンツに向けると、ディエンツはふにゃりと折れるように床に座り込んだ。


「チエ様……その笑顔はおやめください。たまりません。それから私にそういう事はお訊きにならないでください」


「ねえ、少年はなぜいなくなったの」


チエはディエンツの反射メガネをじっと見つめた。


「チエ様〜。駄目です。見ないでください。応えることはできません。困りました。どうしましょう。どうしましょう。チエ様〜」


 困るふりをしながらもチエに握りしめられている手を見て口元が緩みよだれが垂れた。


 チエの温もりがディエンツの真髄しんずいを刺激する。ディエンツはボソボソ呟きながら目を閉じしばらく黙って俯いていたが、


【データー受け取り完了】


「ありがとう、ディエンツ」


【チエ様、これを】


 アルはコピー機を作動させ一枚のペーパーを開口口に落とした。チエはそれを取り出して


「ディエンツ、これ私からの気持ちよ」


 と可愛く言って差し出した。ディエンツはチエからそれを受け取ると素早く立ち上がり、頬を引き上げみるみるうちに口角が全開し、満面の笑みを浮かべ、それを大切そうに胸のポケットに仕舞い込んだ。


「大切にしてね」


「はい!チエ様、では長き滞在は危険、私はそろそろ仕事に戻ります。また来週」


 ディエンツはそそくさとドームから出て行った。


「なにを差し上げたのですか?」


【チエ様のプロマイドです】


「ふーん、プロマイド……。プロマイド?

プロマイド!プロマイド!!」


 段々と声を張り上げるパルに、


【何度も同じ事を言うな!】


 いきなりアルが怒声を上げた。


「アル?どうしたの」


 システムのアルに感情めいたものを感じてチエは驚いた。


わたくしだって、あのような写真を!あのようなディエンツなどにやりたくはないのですよ。しかし口止めは必要とあらば致し方ないこと、それをパルは何度も何度も……】


 怒っているアルの事など知らぬ存ぜぬで、


「ちなみにどんなプロマイドを差し上げたのですか」


 淡々と訊ねる。


「水着姿の写真よ」


 チエは恥ずかしげもなく淡々と応えた。


「そうですか、水着ね……。水着?水着!水着!!なんですと、水着、なんて事をされたのですか、はしたない!水着とは、ほぼ全裸みたいなものではないですか……。チエ様の水着姿」


【パル、ヨダレが垂れてるぞ】


 慌てて口元のよだれを拭き取った。


「私が本当に水着を着て撮った写真じゃあないの。モンタージュよ」


「そういう問題ではありません。顔はチエ様なのでしょう。あんな、へなちょこディエンツに水着の写真など、そんな事してしまったら、ディエンツは夜な夜な……」


「夜な夜な……って?」


「夜な夜な?わたくしそんな事を言いましたか」


「言ったわ、アル、夜な夜なとは」


【存じません】


 チエは不思議そうな顔をして床に置かれたケースの中からパンケーキの材料を取り出して、テーブルの上に並べた。


「アルにわからないことがあるなんて不思議だわ、パルが知ってることなのにね。アル本当に知らないの?」


【チエ様、データーの解析が必要な状態です。迷いからか文字化けしておりますので少々お時間が必要です。お待ちの間、パンケーキをご賞味下さい】


「訊いてる事に応えてくれないのね……。解析お願いね。アル!」


「パンケーキのもーと、卵、ミルク、バター、蜂蜜はーちみつ、ボールにシャカシャカ、そーれーから!」


 パルは陽気に言葉に節をつけながら腰を振り振り踊りながら、道具一式準備をしてキッチンのカウンターに立つ二人は解析を待っている間に揃ってパンケーキを作り始めた。




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