MASENGA

久路市恵

第一章 目覚め

 地球は青くどの星よりも美しい

 

 銀河系の中でも一際輝きを放っている。


 遥かいにしえの時代より、

        繰り返された歴史がある。

 

 それは地球が誕生したプロセスを探るため多くの星人が幾度となく訪れたという逸話である。





 限りなくどこまでも続く暗黒の宇宙にアンドロメダ大星雲が広がる。

 ここはあの星から遥か250万光年の彼方にあり、この銀河のほど近くに既存する生命体の息づく星が我が星である。


 その名は マセンガ星


 我が星は三つの国で形成されている。

そのひとつはマニエ、高塀で囲われた土地の中には無色透明半球型のキューポラというドームがイボのように地面一帯を覆い尽くしている。


 厳重な警備体制のその先には巨大な門がありその門がセンシュ国と結ばれる唯一の関所である。


 その門をくぐり抜けると一本のみ道路が真っ直ぐ続いている。


 その脇には寂寞じゃくまくな白一色の清廉せいれんされたけがれのない統制とられた正方形の建造物が立っている。

 この続く道の終着点はガイドへ入国できる門である。


 この門をくぐり抜けるとそこには煌びやかな館が聳え立つ。

 

 マセンガ星、唯一の娯楽施設、華薰華かくんかである。その華薰華かくんかの周りには砂漠が広がりどこまでも紅砂あかさに埋もれている。

 華薰華かくんかの後方3キロ地点には、宙に浮いた状態の四面体のラルキュール三体のみの烏有うゆうの地で赤砂を巻き上げる景色はあまりにも空虚だ。


 時折、強い風が吹き抜け乾燥した赤砂が舞い上がり全貌が赤く染まったとしてもラルキュールだけは染まることなく鮮明にその姿を維持している。

 ラルキュールは紅砂でさえも近づけさせないほどの精鋭たる天下無双のシンボルだ。




 「JAP/clo.hu.chie5、目を開けて」


 生命維持装置管理システムコンピュータ内個体パルが問いかける。

 閉塞的で白く無機質な空間の中は無菌室、セルシス度−196、宙に浮くカプセルの中は液体窒素で覆われている自動的にカプセルの蓋が開き乳白色の煙が一気に床へと流れ落ちて、少女の姿が現れた。


 白く透き通る肌、次第に頬には赤みが帯びていく、冷凍保存から五年の年月を経て、 今、目覚めようとしているのだ。


「chie5、目を開けてください」


 目を閉じたまま開けようとしないchie5という少女にパルはため息をついた。


「ん……chie5、目を開けて、君が目覚めているのはわかっているんです。意識回復値は戻っているのにどうして目を開けないのですか」


 無菌室のコンピュータスピーカーから声をかけても反応しないchie5にしびれを切らしたパルが無菌室の中に姿を現した。

 

 頭から足の先まで白色はくしょくのタイトスーツで身を固め細身の男系だんけいの体形をしている。

 カプセルの近くまで歩みよりchie5の顔を覗き込んだ。するとパッと瞼を開き大きな黒い瞳をみせた。


「……」


 少女はゆっくりと身体を起こして無菌室の空間を見渡した。


 「chie5、気分はいかがですか」


 「……」


 「chie5?どうされましたか?」


 黙ったままのchie5と呼ばれる少女はカプセルの中から足を垂らすと、床から一本の線が少女の足の裏まで伸びて階段に形を変えその上に静かに立ち上がってゆっくりと階段をくだり、素足のまま床に足をつくと階段は静かに消えた。


「スーツを身につけてください」


 パルの声は届いていないのか、なにも応えず裸のまま監視システム、透明モニター、【クラールハイ・アル】の前に立った。


 そこにはchie5の五年分のデーターが映し出されている。カプセルサイドの棚に折り畳まれ置かれている白色の生地をchie5の肩に掛けると少女の身体にフィットしてパルと同様、頭の先から足の先まで真っ白なタイトスーツの姿に化身した。


「ルイはどこ?チエのトッラリィのルイはどこにいるの」


 真っ白な空間の中に真っ白なスーツを着ているため顔だけが浮いているように見える。


「ルイ……トッラリィ……チエとは、なにを言ってるのですか」


 チエは「はあ〜」と可愛らしいため息をついて振り返った。


「パル、あなた、馬鹿なの?トッラリィとは守護神の事、ルイはその守護神、チエは私のことよ」


「ルイという方は存じません。貴女はチエではなくchie5です」


「私はchie5ではなくて、チエなのよ。そして五歳、五歳のはず。五年後に目覚める様に設定されたはずだから、ルイはどこ?」


 パルにはchie5以外のデーターはインプットされておらず。他言語に対応することはできないためチエの質問に応える事ができないのである。


「chie5、おっしゃってる意味がわかりません」


 チエはパルの顔を見上げて首を傾げると同じようにパルも首を傾げた。


「大丈夫?パルあなたのキャパはどのくらいなの。私が目覚めるまで、なぜ学ばなかったの、どうして学ばせなかったの。ルイ!」


【やっとお目覚めですね。気分はいかがですか、わたくしは毎日、チエ様の顔を拝見しておりました。チエ様、パルは三日前に再生されたばかりです。教育はチエ様がなさって下さい。その方がチエ様のお好み通りのパルになるかと思います。お眠りの最中に何度か反応がございました。なにか得てきたものがあるのでは】


「得てきたもの……」


 と首を傾げる姿が幼子らしく愛嬌がある。


【では、ゆっくりと時間の経過を体幹してください】


「わかったわ、ルイ、これからも一緒にいてくれるんでしょ」


【もちろんです。チエ様のお側にいます】


 ルイはシステムのひとつに過ぎない。しかしいつの時もチエの脳内中枢部に存在しているため、声を掛ければ応えてくれる。チエにとってかけがえのない母なるマシンである。


 チエは嬉しそうに微笑むとパルの手を引き無菌室の自動扉を出て行った。












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