パル ウィルスにやられる
「アル……アル、どこにいるの」
【はい、チエ様】
「
【モニターで十分です】
素っ気ない言い方のアルにチエは肩を落とし表情を曇らせた。パルはチエをチラリと見て表情を伺うと、
「アル、外出は自由にしても良いということですか」
リビングのソファに座りモニターアルに話しかける。
【自由というわけではない、出かける際には許可を得る。勝手な外出は言語道断】
「言語道断ですか、許可なく出たらどうなるのです」
【二度と外出する事はできない、なぜなら、抹消されてしまうからだ。パル、お前が一番心配の種だな】
「失礼な!心配の種とはね。
パルは憤慨しフンと鼻を鳴らして小川のせせらぎ音量を上げた。
「なんだかんだ。
「パル音量調整して耳が痛いわ、どうしたの?いきなり訴えるような言い方、そんな言い方をどこで覚えたの?」
「チエ様は考えた事ありませんか?生まれた時からドームの中だけで過ごされてきて、この外にはなにがあるのかな、とか、いろんな色の洋服着てみたいわ、とか、この樹木と小川のせせらぎ音だけではなく、もっと、こう、そうですね、壮大な景色を見たいわ、とか」
「ピコ、オレンジジュースをお願い」
【ハイ オレンジ】サーバーロボットピコランスが応えた。注がれるオレンジジュースを眺めているとパルも自分用のカップをさりげなくチエのカップの横に置く、
チエは満たされたカップを横にずらし、パルのカップを置くと【ナニソソギマス】とピコランス「同じもの」とチエが応えると【パルのドリンクデス】「同じものですよ」【ハイ、オレンジ】
「チエ様、このピコですけど改良した方がよろしいのでは……」
本体を指で弾いた。
「で、チエ様はなにをお考えですか」
「別に、なにも考えてなんていないわよ」
「考えていないようには見えませんが!」
「そう?」
「はい、私の目は節穴ではありませんよ」
パルの目を覗き込み、チエは「ふふっ」と笑って肩をすくめカップを持ってリビングのソファに腰掛けた。
「なぜに、ふふっ?」
楽しげに微笑むチエの背中を見て首を傾げた。
「アル」
【はい、チエ様】
「外出許可を取ってちょうだい」
【いつにされますか】
「そうね。覚悟を決めたら早い方がいいわ、明日はどうかしら」
【かしこまりました。では明日の外出許可をお取り致します】
パルはカップを口につけオレンジジュースを飲みながらチエの横に腰を下ろし、
「覚悟が必要なのですか」
「当たり前でしょ。初めて、初めてこのドームから外へ出るのよ。正直言って怖いの。他の人たちもこんな気持ちだったのかしら?」
「他の方たちねぇ〜。どうでしょうね〜。
「どうして」
「どうして?どうしてと訊かれますか、こんな小さなドームの中だけで過ごさせられて知識ばかりを学ばされ、たまに配給されるホットケーキを待ち侘びて、他になにがありましたか?娯楽は他になにがありましたか?ここに来る奴はたったひとりだけでございましょう。つまらぬアイツただひとり」
「パル、つまらぬアイツってそんな言い方は駄目よ。彼はそれが任務なんですから」
「
「パルったら、卑しいだなんて、それが彼の」
「任務なのでしょう。わかっておりますとも、でも、モヤモヤするのです。腹立がたつのです。苛つくのです。嫌いなのです」
「パル、あまり怒ると良くないわ、顔が真っ赤になってる。アル、なにか変じゃない。パルをスキャニングして」
全身に注がれる光線に驚いたパルは光線から逃れようと部屋中を駆け回る。
「これはなんですか!やめてください」
チエは逃げ惑うパルの姿を目で追って、
「パル、逃げないで、アルにスキャニングしてもらいなさい。あなた、変だから」
「チエ様、なにをおっしゃってるんですか、
結局パルはその光線から逃れる事はできず
【チエ様、パルは少々要らぬ知識を習得したようです。その中にウィルスがいたのでは、パルのシステムに侵入した可能性が】
「ウィルス?そんなものが存在するの?」
【
「ガイド国!悪の巣窟!明日、訪問する国でしょ。アルったら怖い事言わないで」
【チエ様、よく気づかれましたね。パルは小休止させます。ウィルスを除去し本来の少々間抜けなパルに戻さなくては安心して外出許可を得る事はできません】
パルの
チエはウィルス除去されているパルから目を離せずに見守っている。
パルはアルによって無菌室に誘導され専用ベッドに寝かされ、横になるとそっと目を閉じた。
チエは無菌室のガラスの窓からパルの姿を心配そうに見つめているとアルが姿を現し横に立つ、
「パルったら、どんなファイルを見聞したのかしら、そんなファイルは消去しなくては」
「消去するようなファイルは存在していません。チエ様に必要不可欠な物しか私の中にはありませんから、パルは自分で何かを取り入れたのかもしれませんね」
「貴方の知らないうちにそんな事できるの?」
「パルも私と同じシステムのひとつです。必要と思えば容易に出来るでしょう。別段、困難なことではありません」
「そうね」
「私たちは、chie5-modell、貴女と共存し共生するために作られているのですから」
「そうね。そうだった。それよりアルって背が高いのね。パルと同じね。システムはみんな背が高いの?私も、もう少し背が高ければ良かったわ」
「チエ様のお姿はそれで良いのです。156zent
可愛らしく健気な印象を受ける。それが貴女なのですから」
「ありがとう」
チエは大きくため息をついて項垂れた。
「どうなさいましたか、大きなため息などついて」
「怖いの。ガイド国への入国、ここから外へ出られることは夢見ていた事よ。でも、でもね。実際、外出が可能になると思うとこんな気持ちになるなんて、他のドームの方たちはどうだったのかしら」
chie5には恐怖心が備わっている。成長期の段階で恐怖に対し警戒、いわゆる用心するという意識、自覚の認識のインプットは見事に理想のチエを創造した。この上なく強靭な人間育成の成功である。
マセンガ星では恐怖心が凡俗である方が良いとされている。そのため恐怖心が欠落していては存在意義の消滅を意味する。
完全無欠のチエこそが、この星には不可欠なのである。
「チエ様、他人はどうでも良いのです。貴女が
どうであるか、貴女次第なのです。これから起こりうる全ての事は貴女次第なのですよ」
「アル……。不安なの、どうして、こんなに不安なのかわからないの。ねぇ、パルは大丈夫かしら」
「はい、ウィルスを取り除けば元のパルに戻ります。安心してください。チエ様はこの映像でも見て、心を落ち着かせてください」
アルは新緑の樹木と川のせせらぎ音を映し出すモニターの画面を切り替えた。
画面には青い球体の映像を映し出される。
チエは食い入るようにモニターを見つめ、ソファにそっと座っると段々と胸の鼓動が激しくなる。
ちくちくと痛む胸にそっと手を添えた。
それは初めて目にする
チエはソファから立ち上がりモニターに近づいて、指先を伸ばし闇の空間に浮く瑠璃色の球体にそっと触れた。
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