天気予報は曇りのち雨③
レイは感動に打ち震えた。
料理はこんなに美味しいものだったのかと。
「こんな旨いもん毎日食えるなんて、色のある人間ってのは幸せもんだな」
湯気を上げる料理を前に、レイは恍惚な顔を浮かべて言った。もちろん、その顔は向かいに座るサヤにも、個室に料理を運んでくる女中にも見えやしない。
しかしその感動は声色に乗っているようで、サヤは満足そうに頷いた。
「まぁ、こんな良い料理なかなか食べられないけど。というか、あんたが食べると皿ごと見えなくるんだね」
「へぇ、そう見えるんだ。
っていうか、そんなことに気を取られないで食べることに集中したら? こんな火が通ってすぐの料理、透明になったら食べられないんだから」
「そっかぁ……消えたいって思ってるけど、温かいもの食べられなくなるのは嫌だなぁ」
「なんだい、未練が生まれたかい?」
問われたサヤは首を横に振る。
レイはそっか、と頷くと、
「しかし食べるペースと量はお互い同じくらいか……これじゃあボクのカラダの大きさは分からないな」
「ま、いいじゃん。色々試していこうよ」
二人はひとまず目の前の料理を平らげることに専念することにした。
……あぁ、もっと食べたいなぁ。
そう思ってしまったのは、いったいどちらか――。
*
それから二人は、外に出たのをいい機会に、自分たちの思いつく透明なものを見る方法を試してみた。
公園に行ってシーソーに乗ったり、浜辺で寝そべって見たり、ひたすら伸びる真っすぐな道路でかけっこをしてみたり。
結局、夜になってもレイの大きさを測ることは出来なかった。
でも、あぁでもないこうでもないと悪戦苦闘した時間は楽しくて。
――その感情が、間違いだった。
煌びやかな夜の街を、透明なナニカと女が歩く。
路面沿いのショーウィンドウの中にはスニーカーやら時計やらが大事そうに展示してある。
生憎レイには縁がなく、サヤも興味がなかったけれど、ひとつだけ、サヤの目に留まったものがあった。
「うわ、キレイ――」
サヤはぴたっと立ち止まって、純白のウエディングドレスを年端のいかない子どものように目を輝かせてじっと眺める。
今はまだ着ることが出来ないドレス。
でも、愛する人の前でこんな綺麗なものを着れたのなら、どれだけ幸せなんだろう。
消えたかった女は、罪深く、輝く未来を夢想してしまう。
相手は一緒にいても楽な人が良い。
今、隣にいるであろう透明なナニカがちょっとイケメンだったのなら、悪くないかも、なんて思って笑ってしまう。
その瞬間だった。
ふと、不思議なくらいに、サヤは今まで悩んでいたことが馬鹿らしくなった。
ありもしない未来を描くように、過去だって本当にあったのか分からないくらいあやふやで、透明なものだと悟った。
……透明なものなんて、無いのと同じだ。
「ねぇ、レイ」
ショーウィンドウに映るサヤは、隣にいるはずの、ショーウインドウには映らないナニカに向かって、晴れやかな顔で言う。
「私、消えるのやめる」
「そうかい。そう思ったのなら、それが良い」
レイはあっさりと承諾した。
相変わらず自分のカタチは分からないけれど、女の子一人笑顔にできる
「じゃあ、帰ろうか。家まで送るよ。透明だけどね」
「待って、もう少しこのドレス見てたい。いつか、絶対に着るから」
サヤはしばらくウインドウの前に立ってドレスを眺めていると、ポツン、と頬に冷たい感触を感じて空を見上げる。そういえば朝のニュースで、曇りのち雨だと言っていたことを思い出す。
……あの時は死ぬ気まんまんで、最期の日が雨というのは冴えないな、と思っていたっけ。
そんなことを考えているうちに、雨はみるみるうちにひどくなって、まるでシャワーのように降り注ぐ。
「ごめん、雨降ってきちゃったね。帰ろっか」
「…………」
サヤは最後にドレスを目に焼き付けようとショーウインドウをちらりと見やる。
白いドレスと、ドレスのなかに映るサヤ。
そしてその隣に、ナニカがいた。
「……え?」
ナニカが、見える。
どこが頭で手足なのか見当もつかない奇妙なシルエットが、そこだけ雨が降っていないがために、浮き上がるように見えている。
その姿はサヤの体よりも遥かに大きく、
「――バケモノっ」
サヤは金切り声をあげ、弾けるように逃げ出した。
走る女の子のシルエットが、雨の中に浮かび上がる。
「ふぅ――」
残されたバケモノは、ほっと安堵の息を漏らす。
「あーあ、
ショーウィンドウには、にやりと笑う
天気予報は曇りのち雨 麺田 トマト @tomato-menda
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