天気予報は曇りのち雨②

 

「ボクはね、一回だけその人の存在カタチを乗っ取ることが出来るんだ。

 ボクはサヤになって。

 サヤはサヤのまま透明になる」


 冬の乾いた曇り空の下、透明なナニカと消えたいサヤは秘密の会談を開いている。

 議題は『透明になる方法』。


「それって……そっちが私として生きるってこと?」

「見た目ではそうなるね。まぁ任せてよ。それっぽく生きるからさ」

「……まぁいっか。それで、じゃあ姿見えるようにってのは何」

「その存在の交換だけど、ボクより体の小さなヤツじゃないと無理なんだ。万一失敗したら二度と交換できなくなっちゃうんだよね。命がけってやつ。でもほら、ボクって見えないからさ、サイズ、分かんないんだよね」


 レイ(仮称、ってもう面倒だし外しちゃおっか)は困ったように笑う。

 レイが目覚めて(実は)数日。その間レイは自分のカタチを知るために生きてきた。


「自分の身体は触れないし、服を手に取っても見えなくなるし、目の位置だって、今はサヤの頭の上がちょっと見えるくらいだけど、メチャクチャ体が細いかもしれないしね。

 それで失敗するのはごめんだからさ、せめてサイズを測りたいんだ」


 レイの説明に、サヤは曖昧に頷く。

 本当に分かってるか怪しく思ってレイは「分かってるのか」と尋ねると、「サイズを測ればいいんでしょ」と返ってきた。

 そこが分かっていればいいやと妥協して、レイは最後の確認をすることにした。


「そういえば、誤解されては困るんだけど、実はボクは乗り気じゃなくてね、サヤはこのまま生きるのがいいと思ってるんだ。

 モノのカタチを決めるのは自由さではなく不自由さだよ。環境という鋳型がなきゃずっとあやふやなもやのままだ。

 自分がどんなカタチをしているのか見えないってのはつらいぜ? 実は怪物でした、なんてオチだったら目も当てられないし。ボクはサヤが羨ましいんだ。

 それでも、サヤは透明になりたいって言うのかな」

「――うん。何言ってるか分からないし」


 サヤはそれっぽく考えてから、素っ気なく答えを出した。


「……そうかい。

 なら、はじめようか」



「へぇ、ここがサヤの家か。綺麗にしてあるじゃないか」


 レイは部屋を見回して、感心するように言うとサヤは「モノが少ないだけ」と返す。確かにサヤの言う通りで、リビングルームには必要最低限の家具しかなく、なんだか温度が感じられない空間だった。

 ちなみにサヤの両親は共働きで大抵家を空けている。

 なんとなく、レイはサヤが寂しい人間なんだと思った。

 

「……それで、考えってなんだい」

「私には見えもしないし触れもしないけど、モノなら触れるんでしょ? なら体重計に乗ってみれば、重さで大きさが分かるかなって」

 

 なるほど、とレイは頷いた。もちろん、その動作は誰にも見えやしない。


「シンプルだけどいい考えだね」


 サヤは薄暗い更衣室に入っていって、平たい体重計を持ってきた。

 早速レイは息を吐いて、体重計に乗ってみる。


「のったよ」


 レイの合図に、サヤが体重計を覗き込む。

 ――しかし。


「あ、あれ。数字が消えちゃった」


 レイが載った途端に、計器の数字が消えてしまった。

 不思議な現象にサヤは首を傾げる。


「ん、故障? ちょっと降りて」

「あいよ」


 体重計が壊れているのかな、と今度はレイの代わりにサヤが――。

 

「ちょっと、あっち向いててよ」


 サヤは頬を赤くして指図した。

 体重を知られて何になるんだと疑問に思ったレイだったが、大人しく指示に従う――ことはなく、そのままメーターを見続けることにした。

 ……どうせ見ていてもその姿は見えないし。

 透明なナニカにはデリカシーが欠けていた。


 サヤは自身の体重をしっかり確認した後、しょんぼりと呟く。


「……やっぱ壊れてる」

「ん? きっちり測れてたじゃないか」


 そして透明なナニカは隠し事が苦手であった。透明だと隠す必要がないからね、とは本人の弁である。


「うわ、サイテー。見てたの。死になよ」


 道端のゴミを見るような蔑み溢れる冷たい目で、サヤはレイを見た。自分が蟻んこになったかのような、それはそれはくらくて、見下ろす視線だった。

 ……あれ、ひょっとしてボクはサヤより小さいんじゃないか、なんて思うくらいに。


「ま、まぁ壊れてなかったってことは手段が間違ってたってことだ。次いこう、次」

「……クズ」

「ほら、消えることが出来たんならボクみたいに測れなくなるからさ! ごめんよ!」


 *


 お腹がすいたといってサヤは家にあったミックスサラダを皿に盛り付けて、上品にフォークで食べ始めた。

 草なんて食べて何になるつもりなんだと思いながら、レイはその様子を見ていた。


「そういえばそっちは食べないの?」

「今はお腹すいてないからね――ってそうだ。透明になるとね、出来立ての料理って食べられなくなるからね。今のうちに食べときなよ」


 透明なヤツに作る料理は残念ながらこの世にはないのだ。

 衝撃の事実を知ったサヤはフォークを止め、「え、それ困る」と固まった。


「まだ食べたい料理いっぱいあるんだけど」

「そう言われてもなぁ。じゃあ今から食べに行きなよ」


 レイの言葉に、サヤは目を見開いてはっとした顔になる。何かに気が付いたようだ。


「そうだ! 大きい人ってたくさん食べるじゃん? だったら一回どれだけ食べれるか測ってみたら? 私がその分頼むから」

「その発想はなかった! 今まで一人だったから。まぁあてにはならなそうだけど、やってみる価値はあるね」

「そうと決まれば草食べてる場合じゃないじゃん!」


 終わりの決まった人生にお金は要らない。

 サヤは今まで貯めてきたありったけのお金を持って、慣れ親しんだ住み家を飛び出した。

 時刻は昼過ぎ。

 雲は厚い。




 


 

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