蝉は、羊雲を見ることができた。

コロナ禍も気づけば今年の12月で3年目になる。つまり、学校生活のほとんどをソーシャルディスタンスを保ちながら過ごしてきた世代がいる。学生に限らず大変な苦労をしてきた人はたくさんいるが、人生の中で一番輝かしくあるべき3年間をマスクで遮られた若い方々の無念は計り知れない。

10月という、夏も終わり秋へと差し掛かる時期に土の中から出て来て独りぼっちで鳴く蝉が、そんな学生たちと重なる。成すべきことを成せず、理想は理想のままで終わってしまう。そんな現実に虚しさを抱いただろう。だけど裏を返せば、そんな時代を過ごした彼らにしか見えない景色もきっとあった。

繊細な情景描写と高い文章力が、土の中で生きて来た彼らの胸の内を丁寧に綴ってくれている。最後の一文までじっくりと味わいたい、そんな作品でした。

季節は秋から冬へ進む。ゆっくりと、着実に。

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