第15話 レフトハンド

 佐久間は、いつものようにカウンター席で、アイリッシュウイスキーをロックで飲んでいた。

 ただ一つだけ、いつもと違っている点がある。

 それは佐久間に連れがいるということだ。


 その連れというのが、奇妙な男であった。

 黒いシャツに黒い革製のパンツという上下黒で統一したファッションに、ウエスタンハットを被った若い男だった。

 その男は佐久間の脇で、ジンライムを舐めるように飲んでいる。


「まさか、こんなことになるとはな」

 呟くようにして佐久間が言うと、隣に座ったウエスタンハットの若い男は目だけを動かし、佐久間のことを見た。


「榮倉の奴も驚いただろうな。自分で立てたはずの計画が変に裏目に出ちまってよ。策士、策に溺れるとはあいつのことを言うんだろうな」

 佐久間はそう言って、アイリッシュウイスキーの入ったグラスを唇へと近づけた。


 川瀬を撃ったと思われる男は、隣街の指定暴力団組織仁科組の組員で、帝都ホテルの地下駐車場でプジョーとベンツに挟まれて死んでいるのが発見された。

 佐久間の描いた図と違っていたのは、それが榮倉ではなかったということぐらいである。


 この事件をきっかけに仁科組は警視庁組織犯罪対策課に家宅捜索をされ、組長である仁科徹を銃刀法違反の疑いで警察に引っ張られた。

 これで当分は、仁科組がこの街に進出することは出来ないだろう。


 結局、今回のことで笑ったのは吉沢が幹部を務める海田組ということになった。

 海田組は仁科組の力が弱まったおかげで、仁科組の侵攻に警戒することも無く、安定した地位を築くことができたというわけだ。


 佐久間がアイリッシュウイスキーを半分ほど飲んだところで、バーの入口に人が立った。


「いらっしゃいませ」

 口ひげのバーテンの声に反応して、目を入り口の方へと向けると、右手にステンレス製の杖を握り締めた川瀬の姿があった。


「なんだ、もう退院したのか」

 佐久間の冷たい一言に、川瀬は鋭い目つきで佐久間のことを睨みつける。


「まるで、退院しちゃ悪いみたいな言い方じゃないか」

「そう聞こえたか。まあ、そう聞こえたなら、そうかもしれないな」

 笑みを浮かべながら佐久間がいう。


「憎まれ口ばかり叩きやがって。腰の調子が良くなったら、この左手で一発お見舞いしてやるからな」

「その前に、梟を送り込んでやるさ。今度のターゲットは偽物の川瀬克巳じゃなくて、本物のレフトハンドと呼ばれる川瀬克巳だって」

 その言葉に、佐久間の隣に座っているウエスタンハットの青年は苦笑いを浮かべる。


 ようやく、カウンタースツールまで辿り着いた川瀬は、杖をスツールの脇に立てかけると、バーテンにビールを注文した。


「いいのか、そんな体で酒なんて飲んで」

「別に関係ないさ。わたしの命が縮まろうと知ったこっちゃない。それに自分の体は自分が一番わかっている。なんせわたしは医者だからな」

 そう言って川瀬はバーテンからグラスを左手で受け取ると、美味しそうにそのビールを飲んだ。


 ビールを一気に半分ほど飲んだ川瀬は、佐久間の前に置いてある灰皿の中の燃えカスに気がついた。


「それは……」

「ああ、これか。もう必要ないから燃やしたさ」

「おい、これってわたしの医師免許じゃないかっ」

「いいじゃないか。どうせ、また老人相手の医者に戻るつもりはないんだろ」


「確かにそうだな……。わたしはレフトハンド。そう呼ばれる殺し屋だ」

 川瀬はそう言って笑うと、まだ不自由な左手を佐久間の方へと持ち上げた。


 その袖口からは、小型拳銃のデリンジャーが姿を覗かせていた。



 レフトハンド 完

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レフトハンド 大隅 スミヲ @smee

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