第3話 謎の焼死体

 地下へと降りる階段を歩くとダンジョンの地下1階層に到着した。ミネアは、物珍ものめずらしそうに周囲をキョロキョロと見渡す。


「へえー。ダンジョンの中って明るいし、けっこう広いんですね。もっと暗くて狭くてジメジメしてるところを想像してたんですけど……」


「天井や壁に光るこけがついているらしい。そんなことより先に行くぞ! モタモタするなよ!」


 バネットとミネアは、ダンジョンの中を進んでいく。バネットは、地図も見ずにどんどん進んでいく。ミネアは、その後ろをおいかけた。


 しばらくして、バネットが急に立ち止まる。ミネアは、思わずバネットの背中に顔をぶつけてしまった。


「もう! 急に止まらないでくださいよ! 先輩ッ!」


「シッ! 黙ってろ!」


 バネットは、鋭い目つきで通路の向こう側を見た。よく見ると、通路の向こうから迫ってくる人影がある。ミネアは、固唾を飲んで見守った。


「だ、誰かいますね……」


「あれは、ゴブリンだ」


 バネットの言葉に、ミネアは驚いて目を丸くした。


 ゴブリンと言えば、ダンジョンの中では定番中の定番の雑魚モンスターだが。ミネアにとって、実際にお目にかかるのは初めてだ。


 人影が近づくにつれて、その姿が明らかになる。泥みたいな茶色い肌で醜悪な顔つきをしている。背は小柄でやけに猫背だ。ボロボロの粗末な衣服を纏い。手には錆びた短剣を持っている。


 そして、その数は4匹。ゆっくりとミネアたちに近づいて来る。


 ミネアは、恐怖で声が震えた。


「どどど、どうするんですか? 先輩!? た、戦うんですか?」


「いや、こいつらの相手をいちいちしていたらキリがない。見てろ!」


 バネットは、そう言うと大きく息を吸い込んだ。そして、ちょっと間を置いて、信じられないくらいの大声で叫んだ。


「うぅぅぅおわああああああああああーッ!」


 その声を聞いて4匹のゴブリンは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。また、声の衝撃でミネアも思わず座り込んでしまう。体がガタガタと恐怖で震えた。


「せ、せせ、先輩……! な、何なんですか? 今のは……?」


「ああ、これは俺のスキル『威嚇いかく』だ。弱いモンスターなら逃げていく。便利なスキルだろ?」


 いや、いまの威嚇は私にも効いたんですけど。ミネアは、震える足で生まれたての小鹿のように何とか立ち上がった。


「さあ、グズグズしている時間はない。さっさと行くぞ!」


「ちょっと…… 待ってくださいよー! 先輩ー!」


 ミネアは、先を歩くバネットの背中を必死で追いかけた。



 それから、2時間後――――


 ミネアたちは、人の死体を発見した。それは、通路の隅に無造作に転がっていた。


 全身が黒く焦げていて焼死体のようだ。


 バネットは、屈みこんで死体を物色する。だが、ミネアは初めて見る人間の死体に吐きそうになっていた。吐き気と恐怖を懸命にこらえてバネットに尋ねる。


「せ、先輩。その死体が行方不明者ですか……?」


 バネットは、小さく首を横に振った。


「違うな…… これは人間の死体じゃない。エルフのようだ……」


 エルフというのは、この世界の森や山に住む、人間に似た種族のことだ。外見的な特徴は、綺麗な顔をした者が多く、あと耳が尖っているのが特徴だ。


 ミネアも言われて焼死体をよく見てみる。確かに、耳が尖っているのが確認できた。


 バネットは、死体をさらに詳しく調べていく。


「うーむ。冒険者プレートを身に着けてないな…… これでは身元が分からん」


 冒険者プレートというのは、冒険者ギルドに登録した際に交付される。いわゆるドッグタグみたいなものだ。プレートには氏名が刻印されていて、大抵はネックレスのように首から下げている。


「それにしても妙だな……」


 バネットは、立ち上がると腕を組んで首をかしげた。ミネアは、その顔を覗き込むように見る。


「妙って…… 何がですか?」


「いや、この地下1階層に出てくるモンスターは、だいたいゴブリンとかウェアラットとかの雑魚モンスターばかりだ。炎を吐いたり、魔術を使うようなモンスターはいないはずだ」


「あ……」


「何でこの死体は焼け焦げている? 死因は明らかに焼死だと思うが…… なぜ?」


 言われてみれば確かにおかしい。ミネアも一緒に首をひねって考えた。


「……焼身自殺とか、ですかね?」


 バネットは、しばらく考えて黙っていたが、やがて口を開いた。


「まあいい。どのみち、今回の行方不明者の件とは無関係だろう。他を探そう」


「この死体は、どうするんですか? このまま放っておくんですか?」


「ああ。俺たちには関係ない…… 行くぞ!」


 ミネアは、立ち去る前に焼死体をもう一度見た。また吐き気がこみ上げてくるが、我慢する。


 すると、死体の左手に指輪のようなものがあるのがチラリと見えた。


「おい! 新人ッ! 置いて行くぞ!」


 後ろから急かすバネットの声が聴こえる。ミネアは、慌てて立ち上がるとバネットを追いかけて行った。



 それから1時間後――――


 通路にて少し休憩を取る。地下1層の主な部分は見て回ったと言ってもいい。


「見つからないですね…… 先輩」


「ああ、だが。まだ調べてない部屋がある。ここに新人の冒険者が近寄るとは思えんが……」


「どこなんですか? それ」


「モンスターハウスと呼ばれるトラップ部屋だ。新人の冒険者が最も命を落としやすい場所だな」


 バネットは、そう言うと神妙な顔つきになった。そこからミネアが伺い知れるのは、行方不明者が生存している可能性は、ほぼゼロだと思われる現実だった。


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