保険調査員ミネアの事件簿
倉木おかゆ
第1話 ダンジョン生命保険
赤毛の若い男性が、ダンジョンの入口の前にある広場に立っていた。広場には、他にも彼と同じような冒険者の風貌をした者が何人かいる。
「ついに、来たぜ! ここが、ダンジョンか…… 腕が鳴るぜ!」
赤毛の若者の名は、アレス。本名は、アレス・ヒューイット。先日、18歳の誕生日を迎えてすぐに冒険者ギルドに冒険者の登録をした。つまり、駆け出しの新米冒険者である。
アレスが今いるガレサの街は、アリミア王国の南方にある都市だ。王都や他の都市との交易で栄えており、王都には及ばないがかなりの人口を有する中規模都市だ。
また、ガレサの街には交易都市としてだけではなく、もうひとつの特色がある。それが、街の外れにある古代の遺跡である。
ガレサの街の歴史は古く、アリミア王国建国前から街は存在していた。街の外れには、巨大な遺跡があって。そして、その地下は複雑な迷宮になっており、深さは13階層にまで及ぶ。
そして、その迷宮にはゴブリンを始めとする様々な魔物が生息していた。故に、人々はこの遺跡をこう呼んだ『ガレサのダンジョン』と。
「ダンジョンに入る前に、もう一度荷物のチェックをしておこう!」
アレスは、背負い袋を地面に置くと中身を確認した。水の入った水筒。干し肉などの食料。傷薬など。
アレスは、卸したての皮鎧を纏っている。まだ傷もない新品だ。武器は、初心者でも扱いやすいショートソードが1本。それと予備の武器として短剣が1本。
荷物と装備を確認し終わると、いよいよアレスはダンジョンの入口に向かって歩き出した。
「いざ行かん! 初めてのダンジョンクエストへ!」
期待と緊張に胸を膨らませて歩いているその時だった。
「お兄さん! ちょっと待って!」
突然、背後から呼び止められる。振り向くとそこには美人のお姉さんが立っていた。
黒髪ロングの綺麗な髪。顔立ちは整っていて、親しみやすい穏やかな顔をしている。格好は地味な服だが、清潔感がある。年齢は20代くらいだろうか。落ち着いた雰囲気のある女性だ。
「えッ!? あ、あの…… 僕になんか用ですか?」
「ええ。突然話しかけてごめんなさい。赤毛の素敵なお兄さん。あなたに大事な話があるの」
美人のお姉さんは、そう言ってニコリと笑う。アレスは、母親譲りの赤い髪の毛をしていた。地元では、赤毛のアレスとよく呼ばれている。
アレスを呼び止めた美人のお姉さんは、一息ついてから話し出した。
「あなた、
「え? ええ。そうですけど……」
先日、ギルドに冒険者登録したばかりのアレスには仲間はいない。仲間に入れてくれるパーティーもいなかった。
「お兄さんもよく知っていると思うけど…… ダンジョンって、とっても危険な場所なのよ」
「ええ。それは心得ています。だから、今日は1階層で弱いモンスターを狩って魔石を稼ごうと考えています」
ダンジョンにいるモンスターは、戦って倒すと魔石に変化する。弱いモンスターは小さな魔石に。そして、強いモンスターほど大きな魔石に変化する。
冒険者は、モンスターを倒して得た魔石を冒険者ギルドに買い取ってもらうのが、主な収入源なのだ。
アレスは、駆け出しの冒険者。まずは最初の地下1階層で雑魚モンスターを狩って魔石を集めようと思っていた。
しかし、美人のお姉さんはアレスに顔を近づける。その距離の近さに、アレスは思わず後ろへたじろいだ。
「甘いッ! 甘いですわ! 赤毛のお兄さん。いくら地下1階層とはいえ、ダンジョンは本当に危険な場所なんです! ましてや
さらに顔を近づけて圧をかけるお姉さん。アレスは、その迫力に圧倒されていた。
「いいですか? 赤毛のお兄さん! あなたは、ダンジョンに入る前に、もっと先に入らないといけないものがあります!」
「先に入らないといけないもの……? な、何ですか? それって?」
美人のお姉さんの目がキラリと光る。そして、得意げな表情を見せた。
「もちろん決まってます! 『生命保険』ですよ!」
「へッ? ……保険?」
美人のお姉さんは、懐から名刺を取り出した。そして、丁寧に両手で持ってアレスに渡す。
「申し遅れました。わたくし、カーネスト商会保険事業部で外交員をしております。キャサリンと申します」
アレスは、渡された名刺をマジマジと見る。確かに、社名と彼女の名前が載っている。キャサリンと名乗ったお姉さんは、明るい口調でセールストークを始めた。
「ダンジョンの中は危険でいっぱい! モンスターに襲われて怪我をすることも多々あります。いえ、時には命を落とすことだって…… 私たちカーネスト商会のダンジョン保険は、そんな危険なお仕事をされる冒険者の皆様をサポートさせていただきます! 是非、ご加入を! 今なら新米冒険者さんサポート割引もございますわ!」
「冒険者が…… 生命保険に……?」
アレスは、渋い顔をした。冒険者となった時に、多少の怪我くらい覚悟している。もちろん死亡するリスクだって承知の上だ。それを今さら保険なんかに入って意味などあるのか?
「お兄さんはご家族はおられますか? ご両親は?」
キャサリンは、急に話題を変えてきた。
「あ、ああ…… 両親と妹がいる。でも、俺は親の反対を振り切って冒険者になったんだ。もう家に戻るつもりはない!」
「でも、どうでしょうか? 万が一、お兄さんがダンジョンで命を落したら。残されたご家族は、きっと深く悲しまれるでしょう。家族とは、そういうものです」
「しかし、それは俺が決めたことだし…… 仕方ないだろ」
「いいえ。そんな時、もしあなたが私どもの保険に加入していれば、ご家族には死亡保険金が払われます。もちろん、お金であなたを失くした悲しみは癒せません。しかし、ご家族は保険金と同時にあなたが残した最後の思いも受け取るのです。それが、どれだけ救いになるか…… 分かりますか? 分かりますよねえ!」
「それは、まあ…… そうかも」
アレスは、保険外交員キャサリンの激しいトークに心を動かされていた。そして、そのわずかの動揺をキャサリンは見逃さない。
「さあ、お兄さん! あちらで詳しい契約の話をいたしましょう! 失礼! お名前を教えていただけますか?」
「あ、ああ。アレス。アレス・ヒューイットだ」
「アレスさんは幸運ですわ! 今なら新規加入キャンペーンで保険料もお安くなっていますのよ! さあ、行きましょう! あちらに事務所がありますの」
こうして、アレスはキャサリンに引っ張られるように連れて行かれるのだった。その後、何枚かの契約書にサインさせられることになった。
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