第4話 トラップ部屋

 バネットとミネアは、ダンジョンの地下1階層のモンスターハウスと呼ばれるトラップ部屋の前まで来た。


「剣を抜いておけ。ここのモンスターとは戦わざるを得ない。お前も自分の身は、自分で守れ!」


 バネットに言われて、ビビリながらも「はい!」とミネアは返事をした。


 扉を開けると、大きな正方形の部屋で中には誰もいない。モンスターの気配も無い。2人が部屋の中に入ると、突然入口の扉が勝手に閉まる。


「気をつけろ! 新人! 来るぞッ!」


 バネットが叫ぶ。ミネアは震えながら剣をかまえる。すると、床に次々と青白く光る魔法陣のようなものが現れた。そして、さらにその魔法陣の中からゴブリンが現れたのだった。


 バネットとミネアは、10匹以上のゴブリンにたちまち取り囲まれた。


 バネットは、冷静に「すぅーッ!」と大きく息を吸った。そして、鼓膜が破れそうなほどの大声で叫ぶ。


「ううぅぅぅぅおおおおおおおああああああああーッ!」


 これは、バネットのスキル『威嚇いかく』だ。声を聞いたゴブリンたちは体を震わして動けないでいる。


「よしッ! 今だッ! 今のうちに攻撃するぞッ! 新人!」


 バネットは、ロングソードを振りかぶり、勢いよくゴブリンに斬りかかる。しかし。


「む、無理です…… 今の声で私も動けなくなっちゃいました……」


 バネットの声による『威嚇』は、ミネアにも効果を発揮していた。ミネアは、ガタガタと震えて動けなくなっていた。


「ちッ! 役立たずめ! そこでジッとしてろ!」


 バネットは、吐き捨てるように言うと次のゴブリンに斬りかかった。



 そして、30分後――――


「すごーい! さすが先輩ですね! 1人で10匹以上のゴブリンを倒しちゃいましたよ!」


 ゴブリンの死骸は、小さな魔石に変わり。あちこちに散らばっている。


 さすがのバネットも息を切らしていた。


「これが、魔石かー! 綺麗な色ですねー!」


 ミネアは、落ちている魔石を手に取って見た。宝石のように輝いている。


「この部屋では、あまり勝手に動くなよ。罠がそこら中に仕掛けてあるんだ…… はぁはぁ」


 しかし、バネットの忠告が聞こえていないのか、ミネアは床に落ちている魔石に手を伸ばそうとした。その時だった。


 カチッ!


 何かのスイッチが入ったような嫌な予感がする音が響く。その瞬間、ミネアの足元の床がカパッと開いた。落とし穴のトラップである。


「きゃあああああーッ!」


 落ちるッ! そう思って目を閉じたミネアだが。その腕を咄嗟にバネットが掴み、落下をまぬがれた。


「勝手に動くなと言ったろう! はぁはぁ!」


「す、すみませーん!」


 怒られてしょんぼりするミネア。その時、床に空いた穴の奥から声が響いて来る。


「おおーい! 誰か!? 誰かいるのかー!」


 バネットとミネアは、声を聞いて顔を見合わせた。


「誰かいるなら助けてくれぇ―! ここから出してくれぇーッ!」


 間違いなく落とし穴から助けを求める声がする。


「ちょっと待ってろ! 今からロープを垂らす!」


 バネットは、そう言うと背負い袋からロープを取り出した。よくそんな物を持っていたものだとミネアは感心した。


 落とし穴にロープを垂らすと中に落ちた人を2人で引っ張り上げた。



「いやー、助かったよー! 本当にもう死ぬかもしれないと思ってたんだ」


 落とし穴から助け出されたのは、赤い髪の毛の若い男だった。バネットは若者に尋ねる。


「あんた、ひょっとして。アレスさん? アレス・ヒューイットさんかい?」


「えッ!? 何で俺の名前を知ってんの?」


 バネットとミネアは、再び顔を見合わせるとニヤリと笑った。バネットは、アレスに向き直ると名を名乗った。


「失礼! 私は、カーネスト商会保険事業部のバネット・バックラーです。アレスさん。あなたの捜索をしていたんですよ。ご無事で何よりです!」


「ああ、保険会社の人かーッ! 本当助かったよ! 穴から出られないし、食料も尽きて、本当に死ぬかと思ったよ…… 保険に入っててよかった……」



 こうして、ミネアたちは行方不明者だったアレス・ヒューイットを無事に保護してダンジョンから戻った。


 アレスは、落とし穴から落ちた際に足に怪我を負っていたが、それ以外は無事だった。


 事務所に戻ったバネットとミネアには、さっそく今回の調査報告書の作成が待っていた。今日も残業になりそうだ。


 しかし、面倒な報告書を書きながらもミネアはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「でも、よかったですね! 先輩! 現地調査のおかげで、アレスさんが無事に見つかって。私、この仕事をして初めてよかったと思いました!」


 バネットは、ぶっきらぼうな口調で答える。


「今回は、たまたまだ。こんなのは100回に1回も無いぞ! たまたま運が良かっただけだ!」


「たまたまでも。100回に1回でもいいじゃないですか。人の命が助かったんですよ。私たちが助けたんです」


「まあ、お前は全く役に立たなかったがな……」


 それを聞いて、ミネアはぷくーッと頬を膨らませた。


「そんなことないですよッ! 失礼ですね! 私が落とし穴に落ちそうになったから、アレスさんを見つけれたんじゃないですか!」


 バネットは、鼻で「ふッ」と笑った。


 この時のミネアは、まだ知らなかった。保険調査員の仕事の本当のつらさがこれから待っていることを。


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