また一緒に

 あれ……俺、いつの間に眠ってたんだ。

 

 冷たい床の感触に気づいてゆっくり目を開けると、真っ先に飛び込んできたのは俺の布団でぐーすか寝ている善慈、の足だった。ぐお……ぐお……といびきをかいている。

 来ていたのか。鍵閉め忘れてたっけ。勝手にあがんなや、という気持ちと、俺めちゃくちゃ不用心やな、という反省が同時に来る。なんの連絡もなしに突撃してくるのは、善慈にはよくあることなのでもう慣れた。部屋が暗い。夜なのか? よろよろ起き上がり、電気のスイッチをつける。

 どのくらい寝てたんだ、俺。今何時? スマホを見るとちょうど19時半だ。っていうか…………

 

 今、何月何日?

 

 スマホのロック画面に表示された月日を眺めてもなんだかピンと来なかった。今日ってバイトあったっけ。舞台の出番は? スマホのカレンダーアプリを確認する。今日……どころか、直近の予定が全く記入されていない。

 そんなはずない。焦って月を遡ると、ちょうど一ヶ月前から予定が真っ白だった。俺は暇さえあればバイトのシフトを入れているし、その隙間時間には舞台の予定も入れている。売れてないとはいえ、一ヶ月も出番がないことはまずない。懇意にしている劇場の支配人が、最低でも月に二回は俺達をお笑いライブに呼んでくれるからだ。仲良くしている芸人が寄席よせやライブを主催して呼んでくれることもある。そんなこんなで週三回くらいは舞台に上がれる機会があるはずだった。

 それが、全く予定に入っていない。バイトをうっかりすっぽかしたり舞台をトチる(遅刻したり出番を忘れたりする)ことがないように予定が入ったらその都度しっかりカレンダーに記入するのが俺の習慣なので、入れ忘れることはまずない。

 なにがあったんだ……?

 どうしてだか全く心当たりがない。それどころか──

 

 ここ一ヶ月の、

 どんなに頭を捻っても、頭にもやがかかったようになんにも出てこない。

 

 恐る恐る三桁ほど未読バッジがついているメッセージアプリも確認する。ここに記憶のヒントがないかと探してみたが、なぜか俺のことを心配するメッセージしかないし、俺は一ヶ月前から誰にもメッセージを送っていない。バイト先へのメッセージから、この一ヶ月間俺がバイトを休んでいたことはわかった。だが、それしかわからない。

 一ヶ月、俺はなにをしていたんだ? それが全く思い出せないなんてこと、あるか?

 一ヶ月前、俺になにが起きたんだ……?

「あれぇ、起きたんか」

 突然降ってきた声にビクッと体が反応する。スマホから顔を上げると、善慈が起き上がりでかいあくびをしているところだった。

「あ、あの、善慈」

「ん〜?」

 善慈はいつもと変わらない。こいつは何か知ってるんだろうか?

「変なこと、聞くけど……俺さ、その、この一ヶ月、なにしてたんかな〜って……」

「寝てた」

「はぁ!?」

 予想外かつシンプルすぎる答えに、俺はあっけに取られて口をあんぐり開けた。

「い、一ヶ月も!?」

「うん。家でそのまんま。医者も寝てるだけです〜言うてたから、まぁ大丈夫かってなって」

「そんなことある!? 一ヶ月も寝てて人間って大丈夫なん!?」

「今生きてんねんから大丈夫なんちゃうん?」

「え、じゃあバイト先に休みますって言ってたんは……?」

「なんか調子悪いって言うてなかったっけ? そのまま寝たんちゃうん?」

「その、寝てる間、ウン……と、トイレとかは……」

「オレかって毎日来てるわけちゃうし知らんやん。そのへんにウンコまき散らしてなかったしトイレでしたんちゃうか? お前真面目やしな」

「真面目って……」

「まぁまぁ! 起きれてよかったやん! 元気出しや!!」

 善慈が俺の背中をバシバシ叩く。……こいつに説明を求めた俺が馬鹿だった。

 全くなにも解決していないが、なぜだかもうこれでいい気がしてきた。

 今まで予定が入っていないのなら、これから入れたらいい話だ。

 まずはバイト先に連絡してシフトを入れてもらおう。劇場の支配人にも出られるライブがないか聞いてみよう。行動しなきゃ始まらない。

「あ〜腹減ったぁ。なんか食いに行こうや」

 善慈がへらへら笑いながら言う。 

 

 不可解なことが起こっているのに、かつてないくらい前向きな気持ちになれたのは……善慈のおかげ、かもしれない。

 

「俺一ヶ月バイト休んでたから金ないで。おごってくれるん?」

「お! ラッキーやね〜ちょうどここにアミちゃんから借りた万札が」

「誰やねん! そんで人の金かい!」

 

 まぁ、そんなの絶対言ってやらないけど。

 

 俺は財布とスマホを掴んで、玄関のドアを開けた。

 

 

 ──了──

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寛解 瑠璃立羽 @ruritatehap

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