除霊
アホのキョウがのんきに寝てる間に、やることやらなあかんな。
オレはさっき見つめていた部屋の隅に近づいた。
アイツほんっま鈍感やなぁ……これ見えへんとかエグいって。
オレの目には──黒いもやが映っていた。ちょうど黒のクレヨンでぐちゃぐちゃ塗りつぶしたみたく、真っ黒な何か。
それはよぉ見たら人の形、に見えんこともない。もっとよぉ見たら、髪の長い女……に見える。
そう、オレにはこういう死んだやつ、まぁ言うたら『ユーレイ』が見える。
キョウに初めて
コイツおもろ、って思った。やから、オレからコンビ組もかって誘った。
これはオレの自論、てか経験則やねんけど。人間が持ってる霊感と、そいつの『憑かれやすさ』はあんま関係ない。
オレみたくめちゃくちゃユーレイ見えるけど全然憑かれへん奴もおるし、キョウみたくユーレイ見えへんけどめちゃくちゃ憑かれやすい奴もおる。なんでかは知らんけど、どうもそういうことらしい。
アホみたいにユーレイ背負ってたキョウを見て、なんかわからんけどコイツとならおもろいことできそうやな、とピンときた。まぁカンやな。
え? キョウの背中とか肩に憑いてた奴らはどうしたかって?
決まってるやん。オレが消した。
消した、はちょっとちゃうな。まぁ、難しく言うたら……除霊?
これは誰にも、キョウにも言うてないけど、オレはいわゆる除霊みたいなことができる。
みたいな、って言うのは、オレはユーレイ専門やないから。まぁまぁ仲良くて、オレのこと信用してる奴やったら人間でも言うこと聞かせられる。
なんでもってわけではないけどな。めっちゃ簡単な命令だけできる。
さっきみたいに、寝かせたり。あとはまぁ……ちょーっとだけ記憶をあやふやにできたり?
催眠術みたいなもんかもな。知らんけど。気ぃついたらできるようになってたから、仕組みとかはなんもわからん。
正味めっちゃ便利。ダチに金借りたいときとか、めんどい女にダルいこと言われたときとかかなり使える。もっとよぉやったら詐欺とか洗脳とかできるんかもしれんけど、オレめっちゃアホやしめんどいこと嫌いやから、基本しょーもないことにしか使ってない。
ただ、オレのこと嫌いやったり、警戒してたら無理。脳のどっかの部位? かなんかわからんけど体の方が邪魔してなんもできひん。オレのことある程度好きやったらそのへんのガードが緩くなるみたいなことらしい。これはやってくうちにわかったことやけど。
でも、これは人間だけの話。
ユーレイなら話は別、ちゅーわけ。
なんせ、もう体ないねんから。
黒いもやもやは何やらぶつぶつ呟いてときどき高くてちっちゃい笑い声を立てている。何がそんなに楽しいねん。
「お前さー、あの女やろ。キョウの前で死んだやつ。それだけで満足せぇよ」
オレはそう聞いてみた。黒いもやもやは答えない。ただ笑ってる。クスクス。ヒヒヒヒヒ。クスクス。
「ま、こうなるわなぁ。このために死んだんやもんなぁ」
クスクス。ぶつぶつ。クスクスクスクス。
「お前はええかもしらんけど、オレは困んねん」
ヒヒヒヒヒヒヒ。
まぁわかってたけど、ユーレイは基本会話とかできひん。意思とか念とかでこの世に留まってるから。こっちの都合とか向こうにはなんも関係ないしな。ユーレイ側の気持ちだけで存在してる。
わかってたけど、なんかイライラしてきた。なにわろてんねん。
コイツはさぞ楽しかろうて。おそらくキョウのことが好きで、たぶん彼女になりたいとか思ってて。キョウは詳しいことなんも言うてくれへんかったけど、あの日のこと思い出したらだいたいわかる。あのキショいカップケーキ差し入れ女や。
なーんかイヤな予感はしたけど、まさか目の前で死ぬとはなぁ。箱も紙袋も捨てといたはずやけど、尾けられてたんかな? まぁ、キショい奴は差し入れ捨てたくらいじゃへこたれへんいうわけか。
そんで、キョウにフラれて路線変更した。体捨てて、気持ちだけでキョウにくっついた。まぁそんなとこやろ。ちょっと気持ち強すぎて形がもやもやになってもうてるけどな。メンヘラにはよぉある話や。わかりやすすぎる。
でもコイツはキョウの都合をなんも考えてへん。ユーレイになる前から。こうなったら漫才もなんもできひんのわかるやん。劇場見に来てたはずやのに。自分がそばに居れればなんでもええわけか。たとえ、キョウが動けんくなったとしてもか。
腹立つわ。ほんまに腹立つ。これやからユーレイは嫌いやねん。
オレは今、キョウとの漫才しか楽しいことないのに。
「あのさぁ、キョウがこのまんまやったら漫才できひんやんか。わかる?」
「やから、帰ってもらうわなぁ」
オレは手を差し出すように前に伸ばした。オレの力はオレの体と相手の距離が近くないと使えへん。あんま顔とか近づけたくないし、こーいうときに手が長いと便利。
黒いもやもやの声がだんだん大きくなる。笑い声から、苦しそうな叫び声に変わる。
「ここはお前のおるとこちゃうねん。自分のとこ帰りや」
黒いもやもやに手が触れる。そのままぐっと握った。感触は全くないけど、これで言うこと聞かせられる。
「帰れ言うてんねん!!!!」
ごがあああああがあああああああ!!!!!!
黒いもやもやはついにめっちゃでかい叫び声をあげて、ぎゅるんぎゅるんと動き、ねじれて、ぱんっと破裂した。
もう部屋の隅にはなにもない。
「ハァァ〜〜〜…………だぁっるっっっ。ほんっまなんやねん、おとなしく死んどけや」
オレはその場にしゃがみこんだ。
これめっちゃ疲れんねん。今回はキョウと連続で力使ったから、余計に。
ユーレイは消えた、てか帰った。自分の体のもとに。オレがそうさせた。一ヶ月も経ってんねんから葬式とか諸々全部済んでるし、供養はたぶん坊さんがやってくれてる。そっちに飛ばしたら、強制的に成仏させられる。そういうシステムで除霊完了いうわけや。
キョウの方を見る。オレがこんなに活躍したのに、なんも知らんとすやすや寝てる。まぁそうさせたんオレやけど。
顔見る限り相当寝不足やったから、当分起きひんやろ。
ほんま、幸せな
キョウが床で寝てるのをいいことに、オレはキョウの布団に勝手に寝転がる。
あ〜あ、眠た。ふぁあああとでかいあくびをして、オレは目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます