第7話 帰還
帰れる。その言葉は、アポロの胸を痺れさせた。
「やったやった、アポロはすごい」
ヨルが跳ねるたびに、痺れはじんわりと広がってアポロの唇を凍えさせる。帰れるんだ、アポロは。アポロだけは。
帰る方法は目処がついていた。修理をしていて分かったけれど、ポッドに帰還用のプログラムが入っていたのだ。
それは本来、追放用のポッドに入っているはずのないプログラム。誰かがこっそり入れたのだろう。だから落下の際の速度がわずかにズレた。
アポロは何となく、最後に会話した若い刑務官の顔を思い浮かべた。
そう、帰れる。そして帰ればアポロは英雄になるだろう。人々は再びアポロを天才と称える。
アポロの顔がさっと陰ったのを、ヨルは見逃さなかった。
「嬉しくないの、アポロ?」
見上げてくるヨルを安心させるために、アポロは微笑みをつくった。
「帰るのは、もう少し先になりそうだ」
ポッドはひとり乗りだ。おまけに最先端のパーツと旧世界のパーツを組み合わせた特別仕様で、同じ物を作るのに随分時間がかかる。このポッドだって、アポロという天才が頭を振り絞って設計したものなのだ。それでも落下の衝撃に耐えられるかは賭けだったし、実際一度は壊れてしまった。
なにせ人類にとって地上に向かう必要などなかったから、地上に行って帰ってくる研究など、ほとんどされていない。言ってしまえば、旧世界の人々が月面に向かうロケットを作るような感覚なのである。
ヨルを迎えに戻るまで、一体どれほどの月日がかかるだろうか。3年か、それとも5年か。最悪の場合、もっと長い間戻って来れないかもしれない。
「どうして?」
無邪気に首を傾げるヨルの瞳。その星空のような無垢なきらめきが、今だけは辛い。アポロの胸に刹那の逡巡が訪れた。
人類のためには、帰らなければいけない。だけどヨルをたった独りで残していくのは嫌だ。
巡る思考は空に溶けていく。逡巡は束の間だ。なんのための天才だ。それが答えだろう。
「部品が足りないんだ。のんびり方法を考えるさ」
「どんな部品なの?」
「ええっと、リアクターと冷却用の……って、さすがにヨルには難しいよね。ご飯にしようか」
「うん」
思考の隙間に投げかかけられたヨルの問いに、アポロは上の空で答えた。
その晩、ヨルは姿を消した。
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