第4話 亀裂
一方で、アポロの目的である植物の栽培は一向に成功の兆しを見せなかった。
何でもふたりでやるアポロとヨルだったが、この時間だけは孤独だ。
アポロはまず、地面に種を植えてみた。種や研究成果は、ポッドに隠して持ってきている。
しかしいくら水をやっても、芽が出る気配はない。
耕し方を変えたり、薬品を加えたりと、思いついたことは何でも試す。試行錯誤の連続だ。少し遠出をするたびに、その土地の土を掘り返しては持ち帰った。
あまりに色々試すものだから、バスの周りの地面はつぎはぎだらけの不細工なパッチワークのようになっている。
それでもアポロは研究を続けた。必ず大地に芽は出ると信じて。
けれど植物の成長はみられない。
繰り返される失敗は、アポロの心に苛立ちと焦燥を注ぎ込んでいく。
それはほんの些細なきっかけだった。
もう何度目になるかわからない失敗。いくら植えても何も生えない茶色い塊。
もはやアポロにとって土は、憎悪の対象にすらなっていた。
ある朝ヨルが、アポロが種を植えた場所でしゃがみ込んでいた。ただそれだけのことだ。なのに瞬間的に頭に血が上った。
「そこに近づくな、ヨル!」
自分でも驚くほど冷たい声が出る。
「ボクの種に触ったのか」
「ヨルは何も触ってないよ」
ヨルの黒い瞳には、困惑の中に憐れみの光が隠れている。それはあの日の塔の住民の目と同じだ。そう思うと、アポロの心の中で煮えたぎる溶岩のような感情が溢れ出す。
「嘘をつくな、今までも君が余計なことをしたから、芽が出なかったんじゃないか?」
そんなわけがないことは分かっていた。
だけど、自分の中で冷やしたはずの溶岩は、冷え固まった岩の状態でずっとアポロの胸の重しであり続けたのだろう。再び灼熱の温度になった激情を抑えることができない。
「ヨルはただ……」
何か言いかけるヨルの声を遮って、アポロは激情を吐き出し続ける。
「黙れ、おかしいと思っていたんだ。どうして君たちは足を引っ張ることしかしないんだ」
これは最低の八つ当たりだ。自分はバベルでの迫害の記憶を、ヨルにぶつけている。
「ボクは失敗してはいけないんだ。ボクは天才だから、ボクだけは失敗しちゃ……」
意味は分からなかっただろう。それでもヨルはその言葉を聞くと、無言のままその場から走りだす。
その日、ヨルは初めてアポロの隣で眠らなかった。
アポロもまた、自己嫌悪と後悔で眠れなかった。
夜中にバスの扉が開かれる音が、一度だけ鳴った。
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