第6話 芽生え

「すまないヨル。本当に、本当にすまない」


 アポロはヨルのすぐ側に座って、語りかける。


「ボクは人工的に作られた天才なんだ」


 大洪水のあと、激減した人口による生産力の低下は深刻な問題だった。それは物質的な資源や労働力だけにとどまらず、知識や技術力などにも大きな不安をもたらした。


 それを解決したのが、才能の種という奇跡の発明である。


 ヒトゲノムやDNAを最先端技術を用いて書き換えることで、任意の才能を人に宿らせることを可能にしたのだ。


 筋力が発達する「力の種」。

 学術分野に伸びる「知恵の種」。

 アーティスティックなひらめきを得る「美の種」。


 さまざまな種が開発することによって、人類は天才を人為的に生み出し、数の問題を質で補うことに成功した。


「だけど才能の種には限りがあった」


 その上、新生児の段階で投与されなければ効果がない。そのため与えられる種は政府によって厳重に管理されている。塔の人間にとって、与えられる才能は人生を左右する最も大切なものなのである。


「ボクはありとあらゆる才能の種を投与された。凡人では解決できない全ての問題を対処する、スーパーマシンを作るために」


 ヨルは話している間、一切口を挟まなかった。その静謐は優しくアポロの心を癒してくれる。


「実際頑張ったつもりなんだ。建築、水、法整備。今まで色々な問題を解決してきた。だけど植物の才能だけは根腐れを起こしていたみたいだ」


 気づけばアポロの頬に涙が伝っていた。


 人々にとって、自分は問題を解決するためのマシンだ。役に立たないマシンは、廃棄される。


「全部の才能を持っているボクができないなら、人類にとって解決不可能な問題ってことになる。だからボクは失敗しちゃいけないのに」


 人前で泣いたのも、初めてのことだった。ヨルはふいにバスまで戻ると、後ろから3番目の座席に潜り込んだ。そこから分厚い本を取り出すと、小走りで戻ってくる。


「ヨルは花が好き。食べられらないけど、見ているだけで幸せになる」


 ヨルが持ってきたのは、植物図鑑だった。

 

 それは不器用な励ましだったけれど、ヨルの気持ちは十分伝わった。アポロは涙を拭って図鑑を開いた。


「ヨルはなんの花が好き?」


 ヨルが指差したのは、ひまわりのページだ。


「ヨルは黄色が好きだもんね」


 アポロがそう言うと、ヨルは首を左右に振る。


「アポロの髪の色に似ているから。アポロがいてくれるだけで、ヨルは嬉しい」




 その日から、種の世話もふたりの仕事になった。


 花壇を作るという発想は、実利ばかりを追いかけるアポロには思いもしないことだったけれど、その日から水やりが楽しみになった。


 失敗も悩みも楽しくなった。

 ヨルはアポロにない発想をいくつも与えてくれた。


 そしてとうとう、その日はやってきた。

 花壇に、小さな小さな芽が生えている。


 アポロは心の底から歓喜の声を振り絞った。


「ありがとうヨル、君のおかげだ。これで人類は救われる」


「よかったねアポロ。よかったね」


 ヨルもまた、喜びを爆発させて跳ね回った。


「これでアポロは、帰れるんだね」

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