敖霜枝


 黎明れいめい元年、晩冬。



「あ、お客さん! また会ったネ!」


 いろいろと落ち着きのなかった冬も終わりが近づき、人の都は以前と同じ活気を取り戻しつつあった。

 なかでも再び隊商キャラバンがやってきたというのは注目を集め、市場は朝からずっと人であふれ返っている。

 久々に気が向いて市場におもむいた敖丙ごうへいは、そのなかに見覚えのある姿を見つけて駆け寄った。


「花屋のおじさん、こんにちは」


 店主はにっこりと笑い、満足げにうなずく。


「聞いたヨ。国が変わったんだって? 大変だっただろう。おかげで、商売はしやすくなったんだけど」


 見ると、店先に並べられた植物の種類が前よりも増えている気がした。

 路地裏に小ぢんまりと露店ろてんを出していた花屋も、今では大通りの目立つところに立派な店を構えている。

 花屋はあれから随分と繁盛はんじょうしているようだ。


「そういえば、この前一緒にいた友達は? 今日は来ていないノ?」


 あまり触れてほしくない話題を振られ、敖丙はぴくりと肩を震わせる。


哪吒なたは、仕事が忙しくて……来れないんです。最近はずっと、そんな感じで……」

「そっか。それは残念だネ」


 もれた声は低く、力を感じさせない。

 本当のことを言うわけにもいかず、咄嗟とっさに嘘をついてしまった。


 彼はもう戻ってこない。

 だって、あのときまぎれもなく死んだのだから。


 今からでも、訂正ていせいしたほうがいいだろうか――。


「おや? 仕事、もう終わったみたいだヨ」


 ほら、と。

 不意にかけられた言葉に、敖丙は無意識に背後を見た。

 振り向いた視線の先にあった後ろ姿を見た瞬間、心臓が大きく跳ねる。


 あの日以来、一度も会っていない。

 二度と会うことはないと思っていた彼が、変わらぬようすでそこに立っていたからだ。


 ふわりと、冷たい風が前髪を巻き上げた。


 彼はこちらを振り返ることなく歩き出し、人混みのなかに消えていこうとする。


 ――もう二度と、逃げはしない。


 そう思い、敖丙は懐かしい背中に向かって走り出した。




 菊の花が咲くまで、あともう少し。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

敖霜枝 白玖黎 @Baijiuli1212

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ