第六話 侵入開始!

 深夜、闇を切り裂くように二頭立てのほろ馬車が走っていた。

 手綱を握っているのはガラドだった。荷車の奥には透、ルナ、ティアの三人が乗っている。

 静まり返った街に馬の足音と荷車の車輪の音だけが響いている。

 ガラドが言う。

「ルナ! 準備は万端か?」

「大丈夫! どの機器も正常に作動してるわ!」

「ティア! 体調は万全か?」

「うん、ほぼベストコンディション!」

「トオル! 鍵は開けられそうか?」

「何度も練習したから五分ぐらいでいけるよ!」

「良し! このままアシッド伯邸の傍の物陰に止めるぞ!」

 ガラドは満足そうに行った。

 彼は言う通り、アシッド伯邸のちょうど死角になる場所に馬車を止めた。近すぎず遠すぎず絶妙な場所だ。その判断が経験の豊富さを物語っていた。

「ここからは、三人で行く。ルナは馬車に残ってサポートを頼む」

 大きな袋を手にしたガラドに続いて透、ティアが馬車を降りた。

 物陰から少し歩くと、ガラドが手で制した。

 透がのぞき込むと、ちょうど交代の時間だったらしく新たに来た四人の警備兵たちが入れ替わる所だった。

「ルナ、計算通り。ベストタイミングだ」

 ガラドはテル・シェルに向かってそう言った。

 交代した直後を狙えば、最長で二時間の時間が稼げる。……途中で目を覚まさなければだが。

「お前たちは隠れていろ。俺がやる」

 ガラドは袋から樫の木の棍棒を取り出していった。

 警備と言っても軽装だ。棍棒で十分に気絶されられる。刃物の類を使わないのは、おかしな所を切って致命傷にさせないためだ。

「さて、行くか」

 ガラドはそう呟くと物陰から一気に飛び出した。

 最初の一撃で警備兵の一人が倒れた。兜をかぶった頭への一撃だったが、それでも衝撃は十分に伝わったらしかった。

「お、お前おとなしく……」

 残りの三人は既に逃げ腰だ。安い給料のために必死になる気は無いのだろう。

 それに最初に倒したのが、連絡用のテル・シェルを持っている隊長の兵士だったのが幸いしていた。ガラドもそれを見抜いてのことだった。

「黙れ」

 更に一撃、兵士がまた一人倒れた。

 残りの二人は腰に差した鞘から剣を抜いているが、戦意はもはや感じられない。

「うおおおお!」

 それでも形ばかりの虚勢を張って斬りかかる一人。

 ゴスンと音がしてあっけなく倒れる。

「あ、ちょ……俺用事を思い出したから、また今度――」

 ガラドは最後の一人の脳天にも一撃を叩き込んだ。また倒れる。

 こうして、四人とも簡単に倒れた。

「相変わらず、大した手並みね。盗賊というより冒険者に向いてるんじゃない?」

 物陰から出てきたティアがそう言った。

「冗談はよせ。これでもこの職が気に入ってるんだ」

「さ、流石に殺してない……よね?」

 透は不安げに言った。

「大丈夫。ガラドがそんなミスしたことは一度もないから」

 ティアは自信ありげに答えた。

「二人とも、無駄話はそのぐらいにして先に進むぞ。いつ起きるとも限らないんだからな」

「はいはい、了解」

 ティアがそう返事していると、透が心配そうに門を見上げていった。

「これ、確か屋敷の者にテル・シェルで連絡して開けさせるんだっけ?」

「ああ、通常はそういう手順になってるが、俺たちがそれをしたら声は騙せても、向こうに出たとたんにバレるからな。……だからティア、頼むぞ!」

「うん、分かった!」

 ガラドは門に向かって前かがみの姿勢を取った。

 ティアは少し離れて加速を付けると、その両肩を踏み台にして跳躍する。体操選手など遥かに超える跳躍力だ。そのまま一気に門を飛び越えた。

 わずかな間があって、カタンという音がした。ティアが向こうのかんぬきを外した音だ。

 ゆっくりと門が開いた。

「ようこそ、アシッド伯邸へ」

 ティアが少しおどけてそう言った。

「ご苦労。さあ、行くぞ」

 ガラドと透は敷地内へと入った。


「ねえ、聞こえる」

 ルナは馬車の中から呼びかけていた。

「もうすぐ正門の方に巡回している兵が行くわ。とりあえず、近くに所に身を隠して」

「了解。門は元通りにしておいたから、しばらくはこれでバレないはずだ」

 ガラドの声。

 それを確認すると、ルナは相手の周波数に合わせたテル・シェルを耳に当てた。

「ええ、今正門付近を巡回中です。特に異常はありません」

 少し肩の力が抜ける気がしたが、まだまだ先は長いのだと力を入れ直す。

 彼女の手元の図面には、トラッキング・バッジの表示が三つ……まとまって行動する予定だから一つでも良かったのではないかとも思わなくもないが、途中で別行動する必要性が出てこないとも限らないのでテル・シェルと同じく一人一つ渡してある。

 もっとも、表示が重なって少々見辛い。それに警備の者は表示されず、図面も正確とは言い難いので結局は勘頼りだ。

 ――全く、毎度毎度心配させるんだから。

 その重要性を理解していない人間は安全圏から指示するだけだから楽でいいと言うが、実際にはサポートは余程神経を使う。何も考えずに侵入する方が楽なぐらいだ。

 彼女はそれをよく理解していた。


 侵入した三人は順調に進んでいた。今のところ、テル・シェルを持たない予想外の警備とは接触していない。

 とうとう屋敷の入口の扉までたどり着いた。

 警備の兵士が二人。左右に立っている。

「ガラド、あいつらも倒すの?」

 ティアが言った。

「そうだな……あそこで倒してしまうと目立つ。こっちに来てもらおう」

「どうやって?」

 透がそう言うと、ガラドがティアと一緒に別の物陰に隠れるように指示した。

「お~い、二人ともこっちに来てくれ!」

 驚いたことに、ガラドは自分から兵士にそう言った。

「なんだ?」

「何か見つけたのか?」

「ああ、ちょっと――」

 二人が扉から見えにくい位置に来たと同時に、ガラドは棍棒で頭を殴って一人を気絶させる。そして――

「わ――」

 もう一人も、声を上げる前に殴って気絶させた。

 そのまま二人を死角に引きずり込む。

「これで、しばらくは見つからないはずだ」

 こともなげにそう言った。

「ガラド! そんな声を掛けるなんて、危なくなかった?」

 透はそう問いかけた。

「急に五十人も人が増えたら、声や顔なんて覚えちゃいないさ。死角から呼べばその中の誰かだろうと寄ってくる」

「なるほど」

 透は素直に感心した。

「さて」

 ガラドは手袋をした手で慎重に取っ手に触って、施錠されていることを確認する。

「仕掛けはないようだが、鍵が掛かっている。トオル、頼む」

「分かったよ」

 あの練習用の器具の中には屋敷の扉を模した物もあった。つまり、想定内だ。

 透は工具を取り出すと「分解」し始めた。

 ――案外、この扉は簡単だったな。

 練習した内容をそう思い出す。どうせ金庫には入れないという余裕の表れかもしれない。

 そもそも、屋敷の扉の前に二人しか警備を置かないのもどうかと思ったが……まあ、外が万全だから大丈夫だと油断しているのだろうと自分に言い聞かせた。

 ものの数分で錠は解体された。

「良し、進もう……錠は元通りにしておいてくれ」

 透の悪い癖で、分解する必要のない所まで分解されていたので組み直すのに少し時間を食ってしまった。

 それでも、まだそんなに急ぐ必要はなさそうだったが。

 ――でも、上手く行き過ぎているような……。

 透はどこか不安に感じていた。

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