第四話 初めての作戦会議

「へえ……トオルって言うのか、アタシはティア。ガラドと一緒に侵入するのが仕事だ」

 浅黒い肌をした筋肉質のスレンダーな少女は、そう自己紹介した。

「私はルナ。遠隔でのサポートを主としてるわ」

 黒ぶち眼鏡の耳のとがった長身の女性、エルフだと言った彼女はそう続けた。

 透は『ガラド盗賊団』リーダーのガラドから新入りとして紹介された後、メンバーの自己紹介を受けていた。

「これが、俺たちのパーティーのメンバーだ。本当はもう一人鍵開けの奴が居たんだが、急に田舎へ帰っちまってな。お前に渡した工具はそいつが使っていたものだ」

 ガラドがそう言うと皆しんみりするのが分かった。

 今、透は盗賊ギルドの寮の談話室に居た。

 寮に入ると、まずは食堂で夕食を振る舞われた。これはずっと食べていなかった透にとってはありがたかった。味も上々で、まだ何もしていないのに良いのかと疑う程だった。

「シェードはずっと前から病気だったんだよ。それをアタシたちに隠して、田舎に帰るのだって本当は――」

「おい! ティア!」

「ごめん……分かってるよ。でも、やっぱり……」

 どうやらそのシェードという者には不幸があったのだろうということが透にも分かった。それを悟らせないために別れたのだろうということも。

 透は他者とのコミュニケーションをしようとしなかっただけで、他人の気持ちが分からない訳ではないのだ。

「それで……僕は何をすればいいんですか?」

 透は話題を変えようと自分からそう言った。

「あ~前から思ってたが、お前もパーティーの仲間になったんだから敬語は使わなくていい。リーダーの俺がそう言うんだから従え」

「はい、分かり――」

「違う違う」

「分かったよ、ガラド」

「OKだ。じゃあ、説明に入るぞ」

 ガラドは満足げに頷くと、今回の「仕事」の説明を始めた。

 盗みに入るのはアシッド伯邸。既に予告状は出していて、三日後の晩には盗みに入る予定だという。ところが、鍵開けのシェードが抜けてしまったことで途方に暮れていたところに、透が現れたらしかった。

 このアシッド伯は悪評の多い人物で、高名な政治家とのパイプを駆使して、悪徳商人への便宜を図っているというのがもっぱらの噂らしかった。

「前にアタシたちが使うランプの油の買い占めで値段を吊り上げようとした商人がいてさ……その商人も、あの伯爵が手引きしたと言われてるんだよね」

「噂……というよりもほぼ確定した事実ね。マスコミ関連にも顔が利くから揉み消したみたいだけど」

 女性二人が言った。

「それで俺たちは奴の金庫に盗みに入ろうって訳だ。金庫の中には金もあるが、なんといっても狙いはグリーンダイヤモンドのネックレスだ」

 そのダイヤモンドは大変貴重でまず普通には手に入らない物らしい。アシッド伯が手に入れるのにも相当あくどい手段を使ったという噂だった。

「盗品だという話や、それを巡って何人もの死者が出ているという話もあるわ。でも、伯爵相手には誰もそれを問えないらしくて――」

「だからこそ、俺たちみたいなのが必要なんだ!」

 ガラドは力強く言った。

 国公認の憂さ晴らし――か。

 透はギルド長、カラムの言っていた言葉を思い出した。確かに正しい手段とは言えないが、必要かもしれない。

「それで、具体的にはどうするの?」

「これ以降は俺の部屋で話そう。ここに居る誰かから漏れることはないだろうが、あまり大っぴらにする話でもないからな。ルナは集めた資料を持ってきてくれ」

 ガラドはそう指示すると談話室を後にした。透とティアはそれに続き、ルナは資料を取りに一旦部屋へと戻っていった。


 ガラドの部屋には大きなテーブルがあった。

 ルナが遅れてやってくると、テーブルの上にアシッド伯邸の図面を広げた。

「これが目標の図面。ガラドとティアには一通り説明してあるけど、新しく入ったトオルも居るから最初から説明するわ」

 そのお屋敷は堀と高い塀に囲まれており、門以外からの侵入はほぼ不可。門は南門(正門)、東門があり、今回は南門から侵入する予定だという。

「正門からって、警備は厳しくないの?」

「普通に考えればそうだけど、今のところ警備は三、四人と東門とそれ程違うという情報はないわ。当日になれば増やす予定なのかもしれないけど、正門からが最短ルートなのは間違いないわ」

「その情報はどこから?」

「これを覗いてみて」

 ルナはビー玉のような玉を差し出した。

 透が手に取って覗き込むと、中に松明で照らされた門と兵士が数人見える。

「ピーピング・アイっていう魔法の道具。映像の発信機と受信機があって、発信機の仕掛けた場所の映像を受信機で覗き見できるわ。発信機は門の傍に仕掛けてあるから、これで門の様子は分かる」

「中の様子も分かるの?」

「中は無理。門の前までしか仕掛けられなかったから。でも、あなたたちがどこにいるかは把握できるわ」

「どうやって?」

 彼女は虹色の光沢のある小さなバッジを取り出した。

「トラッキング・バッジ……これを付けていれば、魔法紙に書かれた地図と連動しているから、どこにどのバッジを付けた人が居るかは把握できるわ」

 要するに追跡用の発信機らしい。

「あと、これも要るわね」

 透の手にちょうど収まるぐらいの貝殻を差し出した。

「これは……?」

「これはテル・シェル。耳に当ててみて」

 透は言われるままに耳に当てた。

 彼女は同じ物をもう一つ取り出すとそれを耳に当てて小さな声で言った。

「どう? 聞こえる?」

「すごい! 電話みたいだ!」

「電話?」

「いや……別の世界の話」

 彼女が言うには、同じ魔力周波数に合わせてあれば同時に全員と会話できるそうだ。

 周波数とか電話というよりトランシーバーか無線みたいだ――透はそう思った。

「これで私は外の馬車からあなたたちのサポートをするわ。さて、道具の説明はこれぐらいにして本題に戻りましょう。

 私たちは最短ルートということで、正門から侵入する訳だけど――」

「警備の連中は俺が片付ける。四人ぐらいならなんとかなる」

 ガラドがはっきりとそう言った。

「そう、殺さない程度に……気絶させてね。それからティアの出番。彼女は身軽だから彼女だけなら門を超えられる。だから内側からかんぬきを外して侵入するわ」

「ふふ、アタシは高い所に登ったりするのは得意だからね」

「内側にはかんぬきを開ける人が居るんじゃないの?」

「それが、夜の間は警備の交代の時以外は閉め切っていて、必要な時だけ屋敷の方にテル・シェルで連絡して開けさせる仕組みらしいわ。だから三人で敷地内に侵入したら、最短ルートで屋敷を目指して……それから、屋敷の内部の構造はだいたいだけどこうなってるはず」

 ルナはややたどたどしい手書きの図面を示した。三階建ての大きなお屋敷の図だ。

「どこに保管されているのかは、屋敷のメイドに少しばかり払って教えてもらったわ。使用人の自分も一切入ったことのない小部屋があるって」

 そう言って、三階の端の一部屋を指さした。

「ここは鉄の扉に鍵がかけられてて、滅多なことでは人は入れないそうよ。グリーンダイヤがあるとしたらここしかないわ」

 透に強い視線が向けられる。

「僕がその鍵を開ける、と」

「ええ、そう」

 こいつは責任重大だなあ――細かいことを気にしない彼だったが、大きな期待をされていることは分かった。

「しかし、部屋一つが金庫とはな……さぞ財産が有り余ってるんだろうな」

 ガラドが吐き捨てるように言った。

「そりゃあ、盗賊ギルドに署名が集まる訳だね」

 ティアも同感のようだ。

「それで、脱出ルートは入ってきたのと同じ正門を予定してるけど……門の警備の兵は二時間で交代するし、気絶させたとしてもそんなにも長く持つとは思えない」

「時間が勝負だな」

 ガラドが言った。

「そう、重要なのは時間。手早くことを済ませる必要があるわ」

「東門からの脱出は不可能なの?」

 透は疑問を口にした。

「不可能……ではないけど、ちょっと厄介なの」

「厄介?」

「東門の方向の敷地には庭園に迷路のように柵が張り巡らされてて……通り抜けるのだけで相当な時間が必要だわ」

「そうなのか……」

 透はいまいち納得のいかない様子だった。

 確かに、計画としては問題ないように思える。思えるからこそ、妙に引っ掛かる――そんなジレンマが透を焦らしていた。

「ま、今日はこのぐらいにして、準備は明日からだな」

 ガラドがそんな彼の心境を察したように言って、その日はお開きとなった。

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