第三話 盗賊ギルドへようこそ!

 そのギルド――盗賊ギルドは、広場に面した所にあった。

 堂々と「盗賊ギルド」と書かれ、隠す気は微塵も感じられない。

「犯罪者は嫌だーっ!」

 そうだ。透は良心が無い訳ではない。社会不適合者かもしれないが。

「だから、盗賊は犯罪者じゃねえっての! おい! 連れてきたぞ、新入りだ!」

 大男は透をぶら下げたまま、盗賊ギルドへと入ってきた。

「おやおや、ガラドさん。相変わらず強引ですね。……ようこそ、盗賊ギルドへ」

 テーブル席に腰かけていた銀縁眼鏡の男が大男に言った。

「おう! ギルド長、こいつに盗賊ギルドのことを教えてやってくれ!」

 ガラドと呼ばれた大男は、ギルド長と呼ばれた眼鏡の男の向かいの席に透を下ろした。

「誤解されているようですが、盗賊ギルドは犯罪者の集まりではありません。この国では『盗賊』は、れっきとした職業です」

 ギルド長はそう断言した。

「は? 盗賊って……泥棒じゃないの!?」

 透には訳が分からなかった。

 一般的な盗賊と言えば、他人の物を盗む悪党だ。少なくとも、透の居た世界ではそうだった。

「まあ、言葉のイメージでいえばそうですが……このイシセマ王国に至っては違うんです。あ……自己紹介がまだでしたね、私はここのギルド長のカラム。連れてきた彼は盗賊ギルドの一員のガラドです」

 カラムは丁寧な口調で言った。

「僕は転生者の中瀬透です」

 透もそれに釣られて自己紹介した。

「ナカセトオル……トオルさん。なるほど、転生者だから知らないんですね。

 盗賊……と言っても、一般の方々からは一切盗みをはたらきません。相手にするのは、悪徳政治家や強欲商人、一定数の署名が集められて『民意』によって同意が得られた相手だけです」

 彼が言うには、その署名を集めやすいようにこんな目立つ所に盗賊ギルドがあるそうだった。

「かつて、王国は腐敗し治安は悪化の一途を辿りました――」

 彼は話を続けた。

 治安が悪化し、暴動や強盗、デモが多発し、無差別な「天誅」が蔓延る時代――それを終わらせるために考えられたのが、この盗賊ギルドだという。

 民意を代行し、悪党を制裁する――そんな役割を与えられているというのだ。

「事実、この盗賊ギルド制度が承認されてからは、治安の悪化は沈静化しました。まあ、早い話が国公認の憂さ晴らしですね」

 彼はいつの間にか置かれていたお茶を口にしながら言った。

「じゃあ、盗賊というのは悪者ではないんですね?」

 透はおずおずと質問する。

「はい、端的に言えばそうです。もっとも、相手にしてみれば厄介には違いありませんから、現行犯の場合は捕まります。他にも細かいルールがあって――」

 それによると、こういうことらしかった。

 盗賊は一定数の署名があった悪党ならば盗んでもいい。ただし、盗みに入る前には最低でも一週間以上前に「予告状」を送らねばならない。当然、相手は万全の警備体制をするし、その場で捕まれば犯罪者扱いとなるが、盗賊ギルドまで逃げ切れれば法に問うことはできない。

「分かっただろ? 俺たち盗賊は悪党じゃないんだ」

 傍で見ていたガラドがそう言った。

「分かりましたが、で、でも……僕は冒険者ギルドでは攻撃力が足りないって――」

「攻撃力が低いというのは、盗賊にとっては欠点にはなりませんよ」

 カラムはあっさりとそう言った。

 盗賊と言っても人殺しは禁止されているらしく、もし殺してしまった場合には相応のペナルティがあるという。そのため、やたら攻撃力が高いステータスの持ち主というのはかえって不利になる場合もあるらしかった。

「まあ俺は強行突破するのに攻撃力が必要だがな」

 ガラドが笑いながら言った。

「このように盗賊パーティーの場合、ガラドさんみたいな前衛職でない限りは攻撃力が必要となりません。あなたのように体格が小さいのも、狭い通路に入ったり、隠れたりするのに有利になります。

 さて、あなたは……何ができるんです?」

「こいつは鍵開けだ」

 ガラドが、透が答えるよりも先に言った。

「ほう……まずはどの程度の物か見せてもらいましょうか。それを入団試験とします」

 カラムが受付らしき女性に指示をすると、鍵が付いた頑丈そうな宝箱が運ばれてきた。

 ガラドがあの時と同じように工具を出して並べた。

「時間は……そうですね、十五分としましょう。それで開けられれば、あなたは盗賊ギルドに入団ということでよろしいですね?」

「は、はい」

 カラムがポケットから懐中時計を取り出していった。

「では、始め!」

 透は神経を集中した。周囲ノイズが消えて、自分と箱と工具だけになる。

 もっとも、彼がするのは「開錠」ではなく「分解」だ。鍵を開けるのではなく、箱ごとバラバラにする。

 鍵とは無関係と思われる個所から取り掛かったので、周囲で見ていた人々が声を上げた。しかし、集中している透には届かない。

 箱の構造を頭の中でイメージして、あとはそれを分解するのに最適解を再現するだけだ。

 わずかばかりの時間の後、箱はバラバラになった。

「ほう、これはすごい……七分弱。予想よりもずっと早い」

 カラムは感嘆の声を上げた。周囲からも驚きの声が上がる。

「な!? 俺の言った通りだろ?」

「しかし、これは鍵開けというよりも……」

「細かいことは言いっこなしだ。こいつなら、どんな鍵も開けられるだろ」

 ガラドは声を上げて笑った。

「確かにそうですね、合格としましょう。

 それでは改めて、ようこそ――盗賊ギルドへ」

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