第二話 そして冒険者生活は始まらない
透は気が付くと、街中に立っていた。
街、といっても現代日本風ではない。中世欧米風の、もっと言ってしまうならばこてこてのRPGにありがちな街だ。
そこは街の大通りのような場所で、大勢の人が往来している。
「なんだあ? 転生者か?」
通りかかった中年男がそう言った。
「……ああ、僕は転生者なのか。そう言われたけど何をすれば……」
「なんだなんだ? 何も知らないのかい? いいか、転生者ってのは――」
中年男は丁寧に説明してくれた。
彼が言うには、転生者というのは別世界から女神が送り込んできた人間のことで、何か特別な力を授かっているらしい。その力で冒険者ギルドという所で、冒険者として働くのが一般的らしかった。
「ま、あの女神はいい加減だからな。アンタも苦労するだろうが、冒険者として働ければ生活には困らないだろうよ」
中年男は冒険者ギルドの行き方を教えてくれた。
「ありがとうございます、おじさん」
「いいってことよ。でも、アンタみたいに小さいと……いや、なんでもない」
彼は何か言いかけてやめた。
確かに、透は小柄だった。中学生になっても小学生と間違われる程だったが……。
中年男に別れを告げると透は冒険者ギルドへと向かった。
それは街の大通りに面した場所にあった。
「冒険者ギルド」と書かれた看板が出ている。
見たことのない文字だったが、透にはなぜか読めた。おそらくは、あの女神が読めるようにしてくれたのだろう。
透は冒険者ギルドの扉を開いて中に入った。
「いらっしゃいませ……あら?」
カウンターに居る受付らしき若い女性が目を見開いた。
「あの……冒険者になるにはここで良いんですよね?」
「失礼ですが、どなたが冒険者になられるのですか?」
「僕です」
彼女の目が更に大きく見開かれた。
「は? 依頼ではなく、冒険者になりたい、と?」
「そうですが、何か……」
彼女は困った顔をした。
「あのですね……冒険者には、最低十三歳以上でないとなれません」
「僕は十四歳です」
「え? ……本当ですか!? 何か身分を証明する物は?」
「転生者なので、持っていません」
彼女は思案している顔をした。
その先輩と思われる中年女性がやってくると、彼女は何か耳打ちした。
「坊や、悪いことは言わないから帰んな」
中年女性は躊躇せずにそう言い放った。
「でも、転生者だから帰る所も無いんです!」
「はあ……いいかい? 冒険者ってのは外でモンスターと戦ったりする、危険な仕事なんだよ。あんたの細腕じゃ、明らかに無理だね」
「ガハハ! そうだそうだ帰んな! 坊主!」
傍のテーブル席に腰かけていた鎧の男が煽った。おそらく冒険者だろう。
「で、でも……他に行く当てが――」
「分かった。試験だけはしてあげるから、それが駄目だったら帰るんだね」
中年女性が若い女性に目で合図すると若い女性が水晶玉のような物を持ってきた。
中年女性は水晶玉を透の目の前のカウンターに置いた。
そのまま、なんと言っているのか分からない呪文のような言葉を唱える。
「……ふむ、ステータスは……攻撃力が三!?」
周囲の冒険者らしき人々から嘲笑が起こった。
ギャハハ、マジかよ! 三とか、子どもにしても低すぎだろ! いや、使い道ないだろ!
「はあ……これじゃあ、冒険者なんてとても無理だね。ゴブリン一匹倒せやしない」
「けど、僕にはスキルが――」
「ああ、確かにスキルは付いてるけど……いいかい? スキルってのは付加価値なんだよ。基本的なステータスが揃っていてこそ評価されるもので、最低限のステータスが無いなんて論外なんだよ」
「そんな……」
「分かったら帰んな。ここに居たって役にたちゃしないよ」
「はあ……」
透は街の広場のベンチに座って空を眺めていた。
冒険者ギルドには入れず、他に行く当てがない。今夜の寝床すら確保できそうになかった。
確かに、透は華奢な体つきで戦闘向きとはお世辞にも言い難い。
だからといって、あれはあんまりではないかと思ったが、反論できる材料もなかった。
空は青く、良く晴れていた。おそらくあと数時間で日が暮れるだろう。
もっとも、彼は絶望に打ちひしがれていたかといえばそうではなかった。
幼少期から「頭がおかしい」と言われ続けて育った彼には、それは些細な傷に過ぎなかった。とはいえ、本来ならばそれに慣れてしまっていることこそ彼の不幸かもしれなかった。
「ねえ、お兄さん」
ふいに幼い声がした。
見ると目の前に身なりの良い小さな女の子が居る。女の子はその両手で大事そうに小箱を抱えていた。
「お兄さん、これ……開けられない?」
女の子がその箱を差し出す。その箱には小さな鍵穴があった。
「他の誰かに頼んだら?」
「誰に頼んでも、開けられないって言うの……お母様の形見の指輪が入ってるのに」
女の子は泣きそうな顔をして言った。
「ちょっと貸してみて?」
透がそう言うと、女の子は素直に箱を渡した。
彼は慎重に箱を調べた。
材質は……石? それとも金属? 重さから木箱ではないことは確かなようだが、異世界特有の未知の物質かもしれなかった。叩きつけて壊せば……いや、中身が無事で済まないか? 道具さえあれば開けられそうだが――
「ちょっとこれは、道具が無いと難しそうだな……」
「道具があればいいのか?」
右から声が掛かった。
透が振り向くと、スキンヘッドに立派な髭を生やした大柄な中年男が居た。どちらかといえばアウトロー、彼があまり関わりたくないタイプだった。
「道具なら、俺が持ってるのを使え。開けられるのなら開けてやれ」
透の返事を待たずに男は工具の類を地面に広げた。
「使って良いんですか?」
透は意外そうに言った。
人に優しくされた経験の少ない彼は、ガラの悪そうな大男に手助けされるとは信じられなかったのだ。
「ああ、使え。その代わり、開けるのを見せてくれ」
男は地面にどっかりと腰を下ろした。
透は工具を慎重に確認する。ドライバーに似た物、ピンセットに似た物――どれも初めて見る物だったが、女神の力かだいたいの使い道は分かった。
「ちょっと待ってね」
透は女の子にそう言うと、箱を地面に置いて工具を手にした。
今まで数々の物を分解してきた彼には――いや、生まれつきの才能といった方が適切かもしれない――どこをどういじれば分解できるのか分かった。
五分後、箱はバラバラになって中身が見えた。
緩衝材のような柔らかい物に指輪が収められている。
「あ……お母様の指輪!」
女の子が歓声を上げた。
「ほら……これ」
透はそれをつまむと、女の子に手渡した。
「ありがとう! お母様の形見の指輪をもう一度見たかったの!」
女の子は嬉しそうに言った。
「ほう……鍵を開けるんじゃなくて、箱ごと分解するとは……」
大男も感心したように言った。
「分解し始めると、全部バラしたくなっちゃうんです」
透はそう説明した。
「さて」
透は箱に向き直ると、さっきの手順を逆回しにして組み立て始めた。
「おお……」
大男はその様子に見入っている。
また五分後、今度は元通りの箱に戻った。もちろん、指輪は箱の外だ。
「はい、これ」
透は女の子に箱を手渡した。
「ありがとう、お兄さん!」
女の子は何度も手を振ると、嬉しそうに去っていった。
「なあ、俺たちのギルドで仕事しないか?」
その様子を見ていた大男は透に言った。
「ギルド? でも、冒険者ギルドでは駄目だって――」
「違う! 俺が言うのは『盗賊』ギルドだ!」
「え? 盗賊って……あの盗賊!?」
大男は透の返事を待たずに襟首を後ろから掴むと、持ち上げて歩き出した。
まるで大人に持ち運ばれる猫のようだった。
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