盗賊が職業として公認された世界
異端者
第一話 僕は頭がおかしい
彼、
物心ついた時には既に「その力」を持っていた。
最初は与えられた玩具や目覚まし時計をバラバラに、パーツ一つ一つに至るまで分解した。そして、また組み立てると分解するという行為を繰り返した。
彼は簡単な工具さえあれば、なんでも分解してしまうのだった。
また、分解した物を寸分の狂いもなく組み立てることもできた。
だが、彼は人間に対して興味を抱かなかった。幾つになってもひたすらに機械を分解するばかりで、他者とコミュニケーションを取ろうとしなかった。
両親は発達障害を疑い、病院へと連れて行ったが、そこでも原因は全く分からなかった。
学校にも、名目上は行っているということになっていたが、ほとんど登校していなかった。
両親は機械の分解にしか興味を示さない彼を見限り、好きにさせるようになった。
これは、そんな彼が名目上は中学二年になって、不法投棄の山で分解する物を探していたところから始まる物語――。
その日も、彼は分解する物を探して、山中の不法投棄の山を漁っていた。
違法な処理業者が少し高い崖の上から集めてきた粗大ゴミを放り込む場所だ。
彼はそこで古い扇風機等を分解して楽しんでいた。
そんな時、彼は崖のすぐ傍まで来てガラガラという音を聞いた。
見上げると、不法投棄される冷蔵庫が降ってくるところだった。
そして、それがこの世界で彼が最期に見た光景となった。
「起きてください、中瀬透さん!」
優しそうな若い女性の声で、倒れていた透は目を覚ました。
上半身を起こして周囲を見渡すと、真っ暗な空間に自分とその女性だけが浮かんでいる。
女性は白いローブのようなものを羽織った古風な格好だった。
「ん~、何か用ですか?」
彼は立ち上がると理解できないという風に言った。
「落ち着いて聞いてください……あなたは死にました」
「ああ、そうですか」
若い女性はその反応に意外そうな顔をしたが、彼の方は「ああ、死んだか」と思っただけだった。
「あなたは、死んだんですよ」
「冷蔵庫に押しつぶされて?」
「そうです。崖の上から落ちてきた冷蔵庫に頭を潰されて死にました」
「でも、なんともないですよ」
彼は頭を撫でながら言った。
「それは……既にあなたの肉体から離れ、精神だけの状態になっているからです」
「魂ってことですか?」
「ええ、俗な言い方をすればそうなります」
彼女は少し困った顔をした。
「私は女神エレーナ。あなたのような迷える魂を導くのが使命ですが……」
「はあ? 女神様?」
「そうです。本来死ぬべきでなかった魂を適切な場所に蘇らせるのが使命です」
「……じゃあ、生き返れるんですか?」
「それはそうですが、元の世界に返すことはできません。元の世界ではあなたは既に死んだことになっていて、生き返すと矛盾が生じるからです。だから異世界へと転生させるのですが――」
自称女神は深いため息を付いた。
「どうかしたんですか?」
「最近、多いんですよね。多すぎて困るというか……それもトラックに轢かれてくる人がやたら多くて……あなたの住む世界では、トラックは人殺しのための兵器かってぐらいに」
彼女は心底うんざりした顔をした。
「まあ、あなたの場合は不法投棄された冷蔵庫で頭を潰されたので別ですが……それにしたって、転生させない訳にはいかないので一緒というか……しかも、異世界へと転生させる人にはハンデがあるから特別な能力を授けなければならないというルールがあって――」
彼女はぐちぐちと言い出した。
その愚痴は一時間近く続いた。
「――だからですね、私も暇じゃないというか……って、聞いてます?」
「聞いてます、聞いてます」
「とにかく異世界に転生させるに至って、何か特別な力を授ける必要があるのですが……実を言うと、転生者が多すぎて品切れというか、まともなスキルが残ってないんです!」
彼女はそう断言した。
――うわあ。ハズレ引いちゃったかなあ……まあ、いいか。
彼はそう思ったが口には出さなかった。
「それで? どんなスキルがあるんです?」
一応は聞く。
「そうですね……残ってるのは『道草喰い』のスキルとかぐらいですかね……これは文字通り、そこらに生えている雑草を食べて消化して栄養にできるスキルです」
うわあ……要らないなあ。
今度は彼の顔に出ていたようだ。彼女はそれを察して顔をしかめた。
しかし、彼女の目つきが少し変わった。
「あら? あなたは既にスキルをお持ちのようで……」
「へ? 僕に何か特別な力なんて――」
「スキル『分解・組立』――簡単な工具さえあれば、どんな物でも分解したり組み立てたりできるスキル。希少度Aのスキルですね」
彼はあれがスキルだったのかと妙に納得した。元々のんびりした、細かいことを気にしない性分なので、今まで気にしたこともなかったのだが。
「すごいじゃないですか! 立派なチートスキルです! さあ、もう悩む必要はありません! 転生しましょう!」
彼女は急かすように言った。自分の仕事をさっさと終わらせたいというのを隠す様子もない。
「いえ、あの――」
「お行きなさい。異世界トリプトンへ――」
彼女がそう言うと、彼の視界は真っ白に染まった。
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