第五話 刺激的な朝から一日は始まる

 翌朝、透が個室のベッドで目を覚ますと右腕に何か柔らかい物が腕に当たっているのに気が付いた。

 柔らかくて暖かくて気持ちいい。良い匂いもする。なんだろう?

 そう思った彼がそちらを見ると――

「って、ルナ!」

 なんと、透のベッドにバスタオル一枚のルナの姿があった。

「んん……おはよう、トオル」

「い、いや……なんでベッドに一緒に入ってるの!?」

 透は混乱した。異世界に来る前には人付き合いなど無いに等しかった透には――いや、そうでなくとも混乱するシチュエーションだ、これ!

 彼は昨晩ドアに鍵を掛けたか思い出そうとしたが、昨日はいろいろあり過ぎて部屋にたどり着くとすぐ寝てしまった記憶しかなかった。

「なんでって……スキンシップ? やっぱり一緒にパーティーを組む身としては、お互いのことを知っておかないと、ね?」

「この世界ではこれが普通なの!? いやいやいやいや、絶対おかしい!」

 いくら他人に関心のなかった透でもこれはおかしいと分かった。

「フフ……慌てちゃって、かわいい。仲良くしましょう♪」

 ベッドのシーツの下で、ルナの腕が透の下腹部をまさぐっているのが分かる。

「だ、駄目! いや、こんなの駄目!」

「どうして? あなたも男ならそのうちするでしょ?」

「そうかもしれないけど――やっぱ駄目だーっ!」

 バタン!

 悲鳴を聞きつけた誰かが、ドアを勢いよく開けた。

「あーっ! もう手を出してる、この変態エルフが!」

 ティアだ。

「良いじゃない? パーティーのメンバーのことを知るのは大事なことだわ」

「この真面目そうに見えて、中身は性欲モンスターが!」

 ティアがルナをベッドの中から引きずり出そうとしている。

「ごめんね! 昨日の晩言っておくべきだったのに忘れてた!」

 透にそう言いながら、ずりずりとルナをベッドから引きずり出す。

「もう……いいじゃない? それとも、ルナがしたかったの?」

「違う!」

 ルナが引きずり出されると、そのはずみに巻いていたタオルが落ちた。

 透は一瞬だけその艶やかな肢体に釘付けになったが、即座に意識して目を逸らした。

「あらあら、トオルも見たかったら見てもいいのよ♪」

「絶対、駄目だからね!」

 彼は色っぽい視線と冷ややかな視線を同時に感じた。

 彼にも、人並みの性欲が無い訳ではない。だが、理性が見てはいけないと告げていた。

「お前ら、朝から元気だな」

 開いたままのドアから、通りかかったガラドがのんびりとそう言った。

 外は良い天気で、朝日が窓から差し込んでいた。


 寮内の食堂で簡単な朝食を済ますと、透はガラドに連れられて盗賊ギルドへと向かった。ルナとティアは別行動らしかった。

「やあ、トオルさん。昨晩はよく眠れましたか?」

 カラムはテーブル席に腰かけて、のんびりと挨拶した。

「ええ……はい」

「前に頼んでおいた物だが、もう届いてるか?」

 ガラドは唐突に言った。

「ええ、もうかなり前に届いているはずです。例の部屋に運んであります」

「そうか、恩に着る」

「いえいえ、盗賊ギルドの長として成功率は一パーセントでも上げておきたいので」

 透には分からなかったが、二人の間では何かやり取りがあったようだった。

「トオル、例の工具は持ってきてるな?」

「あ、うん、言われた通りに」

「ならいい。こっちだ」

 ガラドは「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたドアを指さした。

 一緒に入ると、長い廊下とその右側に多数のドアが続いている。

 しばらく歩いた後、彼はあるドアの前で立ち止まった。

「ここだ。ここを借りておいた」

 ガラドは懐から鍵を出すと、ドアの錠を開けて中に入った。

 中には、鍵付きの鉄製のドアや宝箱が置かれている。

「これは?」

「驚いたか? 盗賊ギルド謹製の開錠の練習用器具だ」

 ガラドはそう言って笑った――が、すぐに研ぎ澄まされた目つきになった。その冷ややかな目つきは、確かに盗賊のそれだった。

「お前には、今からこの器具を使って現場での開錠の手順を覚えてもらう」

「実際にこれが、盗みに入る所にあるの?」

「全く同じとは言えないが……ルナの情報によれば、これが一番近いはずだ」

 透は興味深そうに宝箱を撫でた。

「いきなり本番よりも、似た構造の物で手順を覚えておいた方が早くなるだろう」

「なるほど、確かに」

 透は納得していった。

 彼とて、最初に大まかな構造を把握しなければ分解することはできない。ここで似た物に触って、その構造を覚えてしまえばその分の時間は短縮できる。

「ちなみに、ルナは引き続き情報収集。ティアは日課のトレーニングだ。俺も馴染みの所に顔を出して、何かアシッド伯の噂話でもないか聞いてくる」

 皆、意外と真面目にしてるんだな――透は妙なところに感心した。


「悪い知らせと良い知らせがある。どっちから聞きたい?」

 その晩、皆でガラドの部屋に集まるとすぐに彼はそう言った。

「そうね、良い知らせから」

 ルナは顔色を変えずに言った。

「良い知らせは、奴らのテル・シェルの周波数が分かった」

「そう……これで情報は筒抜けって訳ね」

 ルナは機嫌良さそうに答えた。

「それって、盗聴できるってこと?」

 透が聞くと、ティアが答える。

「そ、盗聴だけでなく、嘘の情報をばら撒くことだってできるの……便利でしょ?」

「へえ……じゃあ、見つからずにいけるってこと?」

「ところが、そうとも言えない」

 ガラドが腕を組んで言った。

「悪い知らせの方ね」

「ああ……アシッドの奴、警備を強化するのに五十人もの人間を雇ったらしい」

「五十人!?」

 ティアが大げさに驚いた。

「でも、中身は大したことないんでしょ?」

 ルナの方は冷静だ。

 これが大人の余裕というやつか――透は感心した。

「ああ、そうだ。安い金で雇える浮浪者みたいな連中ばかりらしいが……テル・シェルはおそらく全員には行き渡らない。これが厄介だ」

「え? どういうこと?」

 透は話がよく分からなかった。

「つまり、連絡せずに適当にうろつく連中が居るから、こちらが傍受してても居場所が把握できない人間が出てくる、ということ」

 ルナが補足してくれた。

「それはちょっと面倒ね……偶然出くわすこともあり得るし……」

 ティアも少し顔を曇らせた。

「とはいえ、計画を変更するのは無謀だ。下手に変更すればかえってボロが出るから、一度固まった計画はむやみにいじらない方がいい」

 ガラドがどっかりとベッドに腰を下ろした。


 その後も、各自準備に励んだ。

 残された日は過ぎて、あっという間に当日となった。

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