第八話 脱出成功?

「どうしたんだろ? 三階の人まで行っちゃった……」

 三階の部屋の一つに隠れていた透は驚いて言った。

「ルナからの連絡だと、アシッドの野郎が馬鹿な指示を出したのにテル・シェル持ちは全員喰いついたらしいな」

 その隣でガラドはテル・シェルを耳に当てながら言った。

「本当に良かったのかな? ティア一人に任せて、万が一捕まったら――」

「ティアの足ならそうそう捕まらん」

「で、でも――」

 言い続ける透をガラドが手で制した。

「仲間の言うことを信じろ。元居た世界でもそうだっただろ?」

「僕はずっと一人だったから、仲間のことは分からない」

 透はなんでもないことのように言った。

 その様子にガラドは少し驚いた顔をしたが、続けた。

「なら、今から覚えていけばいい。いいか? 仲間を信じろ」

 ガラドは透の目を真っ直ぐに見つめていった。

「さて、無駄話している時間はない。目的の物はすぐそこだ」

 二人は部屋を出ると例の小部屋を目指して走り出した。


「なんてこった……」

 二人は目的の部屋の前にたどり着いたが、あまり良い状況とは言えなかった。

「鍵が……いや、扉自体が替えられたの?」

 二人の目の前には、見たことのない頑丈そうな鉄製のドアがあった。

 ギルドで練習した物と明らかに型が違う。

「事前に調べられていることを察して、直前で取り換えやがったんだ!」

 これでは、あの練習はなんの役にも立たない。

 透は落ち着いて工具を取り出した。

「トオル……いけるのか?」

「うん、やってみる。……言ってたよね、仲間を信じろって」


「はあ、やっと全部撒いたあ……疲れた」

 ティアは全身汗だくになりながら言った。

 警備兵の装備に比べたらはるかに軽装だが、あの数を撒くのには少々手間がかかった。

 ルナが偽情報を流して上手く誘導してくれなかったら危なかった。

「ルナ、これで追っ手は撒いたよ」

「ご苦労様。二人は一階の窓から外に出るから、指定する場所に行って合流して」

 指定の場所に行くと、ガラドと透が窓から出てくるところだった。

「ティア、良かった」

「おう、ご苦労。こっちも片付いたぜ」

 ガラドの背には大きく膨らんだ袋が背負われている。まるでサンタクロースだ。

「金庫、開けられたんだね」

「ああ、一時はどうなるかと思ったが、トオルが頑張ってくれたからな」

 そう言われると透は少し照れた。

「じゃあ、後は脱出するだけだけど……」

「どうした?」

「実はさ……アタシが逃げ回っている時、成り行きで警備を正門近くに集めちゃったんだよね」

「なるほど、正門から脱出は無理か……」

 ガラドは少し考えている様子だったが、すぐにテル・シェルに向かっていった。

「脱出ルートを東門に変更する。即座に馬車をその近くに移動させて、脱出ルートのナビゲートを頼む」

「了解。でも、東門への道は柵やらがあって入り組んでいるから、少し時間が掛かるわ」

「やむを得ん。可能な限り案内を頼む」


 東門への道は、正直迷路だった。

 あちこちに柵や生け垣があって、まっすぐ進むに進めない。

 ルナの情報も完全では無いらしく、薄暗い先は行き止まりだったこともあった。

「待て」

 ふいにガラドが手で制した。曲がり角を曲がる直前だった。

 慎重に覗き込むと、三人の兵士らしき影があった。

「テル・シェルを持ってない兵士が残ってたみたいね」

 ティアが言った。

 他の道に進もうとしたが、そこにも兵士が居た。

「仕方ない、倒すか」

「ガラド、待って! 悪い知らせよ」

 テル・シェルから声が聞こえた。

「奴ら、金庫が開けられてて、正門近くにはもう居ないってことに気付いたみたい。東門の方から逃亡を図るとみて、そちらに移動してるわ」

「くそ! 急がないと――」

 ガラドはとうとう焦りを隠せずに言った。

「待って、この柵……」

「トオル、どうした?」

 透はテル・シェルに向かって言う。

「ルナはここから東門への方角は分かる?」

「ええ、分かるわ。でも柵が――」

「それなら大丈夫」

 透は工具を手にして言った。


「賊にグリーンダイヤを含む財産を全部盗られました! このままでは、東門から逃走されます!」

 クリスは慌てて言った。

「馬鹿者! 正門の兵を東門に回せ!」

 アシッドは自分の失態だという自覚すらなかった。

「は、今そうしております」

「どうせ東門からは逃げられん。ワシの庭園をそうやすやすと抜けられるものか」

 そうだった。

 東門の周りには、アシッドの趣味で作らせた迷路のような庭園が広がっている。あちこちに柵が張り巡らされ、知らない人間なら迷うことは間違いない。

 だが、こんなくだらない趣味に金をつぎ込むならばもう少しまともな警備を雇うべきなのでは――クリスはそう思ったが、今度は言わなかった。言ったところで罵倒されるのがオチだからだ。

「こちら東門周辺ですが、変です!」

 慌てた兵士の声が聞こえる。

「何が変なのか、具体的に説明せよ!」

 クリスがそう促す。

「柵が……柵の位置が全然変わっています! あるはずの位置に無かったり、逆に道を塞いであったり……これでは覚えていてもうかつには動けません!」

「なんだと!?」

 もはやクリスにも理解できなかった。


 透たち三人は東門の外に出た。

「まさか柵を分解して、また別の場所に組み直すとはね」

 ティアが感心して言った。

「ルナが最短ルートを教えてくれたから、その間にある柵を分解して他の通路を塞ぐように組み直せたんだ」

「ハハ、まさか柵まで分解できるとはな」

 ガラドは上機嫌で言った。

「それはそうと、東門に人……居ないね?」

 透は不思議そうに言った。

「あの馬鹿が賞金を懸けたことで、持ち場を離れて探しに行っちゃったからだわ」

 ルナが姿を現して言った。

「さ、皆馬車に乗って」

 全員が馬車に乗ると、ガラドが手綱を手にして走り出した。

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