第九話 チェイスと金とゴールイン
馬車は盗賊ギルドへと順調に進んでいた。
透は馬車の荷台で小箱を分解していた。
中身は例のグリーンダイヤのネックレスだ。
その場で分解している時間が惜しかったので、箱ごと持ってきたのだった。
「できたよ」
バラバラになった小箱から、グリーンダイヤのネックレスが現れた。
「わあ……綺麗!」
金銀であしらわれた鎖の先に指先程のグリーンダイヤが付いている。
ティアがそれを手にすると首に通した。
「なんだかお姫様になった気分」
「良いわね。後で私にも貸してね」
ルナも興味津々だ。
「はあ……これでアタシの物になるんだったらいいのに……」
ティアため息を付いた。
「え? 盗んだ物って、自分の物にはできないの?」
「それは、物にもよるけど、まずは盗賊ギルドに収めて――」
「追手が来たわ!」
唐突にルナが叫んだ。
馬に乗った何者かが追ってきている。その数……三体。
ヒュ!
風を切る音がして、矢が荷台の後ろに刺さった。
よく見ると、馬に乗った者たちはボウガンのような物を手にしている。
「まずいわね……こっちの方が重いから、簡単に追いつかれるわ」
この距離で荷台まで狙えることを考えると、近付かれたらただでは済まない。
「仕方ない……集めた金をいくらか奴らにくれてやれ」
ガラドが少しだけ振り返って言った。
確か、ガラドの背負ってきた袋にはグリーンダイヤの小箱の他に札束や金塊が大量に詰まっていたはずだ。
「ま、少しぐらい仕方がないか」
「特別ボーナスね」
ティナとルナはその一言で察したようだ。
「え? どうするの?」
「いいから、私たちと同じようにして」
ルナはそう言うと札束を束ねている帯を外して荷台の後ろからばら撒いた。
ティアもそれに続いた。透も遅れて真似した。
馬に乗った追跡者の足が止まった。馬から降りると夢中になって散らばった札をかき集めている。三人とも奪い合うようにそうしていて、もはや追ってくる気配はなかった。
「どうだ? 効果は抜群だろう?」
ガラドがにやりとしてそう言った。
「ろくに給料をやってないからこんなことになるのよ」
ルナが呆れたように言った。
盗賊ギルドの前に着くと入口の扉が大きく開かれていた。
ガラドが慣れた手つきで馬車ごと建物の中に入った。
周囲から歓声が上がる。盗賊団の帰還を待っていたギルドの連中だ。
「やったな!」
「お前らならできると思ってたよ!」
「よっし、賭けは俺の勝ちだ!」
皆口々に言う。
馬車から四人が降りると、カラムがやってきて言った。
「ご苦労様です。無事に目的を達成できたようですね」
「ああ、少し危ないところもあったがな」
ガラドはカラムに例の袋とグリーンダイヤのネックレスを手渡しながら言った。
「え? 渡しちゃうの?」
透は意味が分からなかった。
「トオルさんもご苦労様でした。初仕事はどうでしたか?」
「捕まらないかと心配でしたが、上手くいって良かったです。
ところで、盗んできた物はギルドが管理するんですか?」
「ええ、この中からギルドの運営資金や慈善団体への寄付金等を差し引いた額を報酬としてお渡しします。現金ではない高価な品の場合は、ギルドがオークション等で換金して同様の扱いとします」
ああ、だからティアは自分の物にならないって言ったのか――透は納得した。
「旗が立ったようですね」
カラムが入口の方を見ながら言った。確かに細やかな刺繍が施された旗が入口の左右に立てられている。
「旗?」
「そう旗です。これは盗賊ギルド側が勝利したことを意味します。この旗が立ったら、それ以上追っ手を差し向けることはできません」
「つまり俺たちの勝ちってことだ」
ガラドが満足げにそう言った。
「良し! 今夜は派手にパーティーといこうじゃないか!」
再び周囲から歓声が上がった。
「料理とお酒の準備はできてますよ」
カラムが慣れた口調で言った。こうするのが慣例なのだろう。
「今夜はアタシも飲んでもいい?」
「駄目だ。お前とトオルはジュースでな」
「ちぇ……ケチ」
「ハハ……大人になるまでとっとけ」
それからは宴会だった。
ギルドの入口ホールに大量の料理と酒が運ばれてきた。
トオルは深夜の仕事で空腹だったので料理を夢中で頬張った。飲み物はジュースだったが。
皆、彼ら盗賊団の活躍を知りたがり、食べながら話すので大忙しだった。特にトオルは期待のルーキーということで皆話したがった。だが、彼も悪い気分ではなかった。
そんな時間がだらだらと続き、酔いつぶれた連中が多くなってきた頃にいつの間にかガラドとティアの姿は消えていた。
「で、なんなの……話って?」
ティアはガラドに言った。
「あの新入り、トオルのことだ」
ガラドは真面目な口調で答えた。
二人はギルド近くの川の橋の上で話していた。月がよく見えた。
「トオルが何か? 問題があるようには見えないけど……」
「あいつは言ったんだよ『ずっと一人だったから、仲間のことは分からない』ってな……」
「この世界に来る前に?」
「ああ、どうもそうらしい」
ガラドは暗い水面を見つめながら言った。
「あのスキルは女神が与えた物じゃない。あまりに使い慣れているから、生まれつきの物だろう。天性のスキルの持ち主というのは、それを理解しない者には異常としか思えない言動をするもんだ。その結果、孤立するのは珍しくない」
ティアは黙って聞いている。
「あいつの場合、最初からそうだったから分からないんだ。仲間というのが何かという前に、自分が孤独であったということさえも」
「でも、それだと逆に辛くないんじゃ?」
「自分が不幸だと自覚が無いことが幸福だと思えない……少なくとも俺には」
ガラドは少し顔をしかめた。
「とにかく、あいつには仲間というのがまだ何か分かってない。お前が教えてやってくれないか?」
「そんなの、言われなくとも!」
ティアは笑顔でそう答えた。
「そう言ってくれると助かる。ルナに頼む訳にはいかんのでな。年齢的にもお前の方が近いし」
「確かに、ルナに頼んだら間違ったこと教えそうだよね」
「ハハ、そうだろ」
月明かりが夜の街を照らしていた。それは弱々しい光だったが、確かなものだった。
四日後、ガラド盗賊団がギルドに顔を出すと、受付からちょうど署名が集まった相手が居ると告げられた。
「今度は、別の街からやって来た商人でして――」
カラムが相手について説明を始めた。
盗賊が職業として公認された世界 異端者 @itansya
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