case 3 失った男 8 「失った男」
彼女を追いかけきれずふらふらと歩いていた俺が様々な感情を吐き出していたところ、偶然通りがかった友人がただごとではないと車に乗せ、近くの病院に送り届けてくれたらしい。泣き喚く俺の体は震え、視線は安定しておらず、何を聞いても答えは支離滅裂で、とにかくひどく暴れていたとは友人談だ。
あの大嵐からどれだけたったのだろう、
連れて行かれた先の病院の医者によると、これはいけないと言うことで入院措置をとり、俺は治療を受けることになったのだそう。
そしてたった今、全てを終えた俺は主治医に向かいことのあらましを話し終え、主治医は写真などを用いて説明をしてくれていたってわけ。
全ての説明を聞き終えた俺は、なるほどといった表情で答える。
「まさか婚約者だと思っていたのがマネキンで、公園で会っていた彼女や小綺麗な男たちが幻覚だったとは。遺体と思っていたのがバラバラになったマネキンだったんですね。でもそれなら、収集車で見なかったのはど言うことでしょう。」
医者は当たりをつけて軽く答える。
「おそらく、警察の方がマネキンを見つけはしたがまさかそれの事を言っているとも思わず言う必要がないと判断したのでしょう。」
「なるほど。確かにそれだと辻褄が合いますね。」
というわけで、殺人なんか起きてはおらず、したがって犯人などというものは当然いない。デパートの店員が、マネキンに話しかける不審者、つまり俺に対しての苦情が来ており、ついでにもう古くなっていたので解体して捨てた……。ということらしい。
友人はマネキンに話しかけている俺を、最初は何かの出し物の練習か、または罰ゲームか何かだと思って面白がって眺めていたが、その熱の入りように、だんだんと、そんなもんじゃないのではと疑問に思い、二つ三つ、動画に撮って家で確認したと言う。そして、公園では誰もいない所に向かい一喜一憂し、話し方も真に迫っていたので、後でどう言う事か問いただそうと公園での一部始終を動画に収めていたのだそう。
そして、夜中にかかって来ていた電話も、街中で聞こえてきたあの俺への敵意剥き出しの言葉も、全て幻聴だったらしく、入院中、しばらくは聞こえていたが、しばらく前からはもうすっかり鳴り止んでいる。
「お世話になりました。」
「おだいじに。」
別れの挨拶をした俺は住んでいるアパートへ帰る。彼女……いや、マネキンの声が聞こえ出す以前のように、トボトボとうつむき加減で歩く。
「はあ。本当に彼女を失ってしまった。厳密に言えば元々存在しないものだから、失ったわけではないのかもしれないが、俺にとっては失ってしまったようなものだ。これから何を楽しみに生きていこうか……。」
そんな俺に友達が声をかけてくる。
「そんなに落ち込むな。そのうち良いことがあるさ。人生ってそんなもんよ。それよりもお前、やはり携帯は持った方がいいぞ。持ってたら早い段階で俺が何か声をかけてやれたかもしれないだろ。」
「確かにそうだな。」
俺は進行方向を変え、携帯電話を契約しに向かう。その道中で、友人からいろいろ聞いた。ストレスが原因で、今回の俺の様な現象が起こる事があるらしい。ストレスが原因。ストレスか……。悩むのもバカバカしい。なんとかなるさと、考えるのをやめ、歩くのに専念した。
あの出来事の後も、会社に行くと俺は相変わらず先輩や上司からいびられている。これは俺の仕事の出来なさが問題なので我慢している。
ある日、給湯室の前を通りがかった時、
「あいつ、あんな事があったと言うのにまだのうのうと出社してますね。」
「ああ。ろくに仕事も出来ないくせに、図太さだけはいっちょ前でいやがるようだ。さて、次はどうするか……。」
こんな会話が聞こえた気がしたが……
果たして。
秋の夜長の恋愛小説 いざよい ふたばりー @izayoi_futabariy
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