第49話 新生

 私は黒いゆったりした服を着て、本来の姿に戻って、祭壇の上でくつろいでいた。


「冴子ぉ」

 花澄が入室してくる。

「信者を創り出す作業が、一区切りついたよ。なかなか良い出来だと思う。ここへ連れて来てもいい?」

「うん」

「じゃ、呼んでくるー」

 花澄はすぐに、後ろに新しい信者を従えて戻ってきた。

「どう? 今回は趣向を変えて、人間とヘビを混ぜた感じにしてみたんだけど」


 私は頭をもたげて、その新しいユラユラ人を見た。

 顔には大きな目玉が一つついていて、皮膚の色はペンキで塗ったような水色。首から下は緑色のヘビになっているが、お腹からたくさん触手が生えている。どうやら移動法は這うのではなくて、触手で歩くらしい。

「蛇足だね」

「だってやっぱり触手は外せないと思って」

「良いと思う」

「良かったぁ。じゃあこの方向性で増産するね」

「よろしく」

 私はまた寝転がった。花澄たちは退室した。


 新しいユラユラ界を整備するために、花澄は毎日忙しく動き回っていた。だから、何か連絡事項が無い限り、花澄が私の部屋を訪れることは少ない。

 花澄が居ないと退屈だし、寂しいし、心細い。だがより良い世界を創るためには致し方ないことなので、我慢する。


 私は暇にあかせて、お母さんの形見の透明な球を、触手でころころと転がして遊んだ。

 そういえばずっと前に、この球を見ていたせいで、ウツツ界に興味を持ち始めたことがあったっけ。

 今思えば信じられないことだ。

 ウツツ界なんて、食糧を採集するための場所に過ぎない。なのに私そこで、食糧である人間と仲良しこよしをしていた。全くもって意味が分からない。何が楽しくてそんなことをやっていたのだか。

 今の私はウツツ界に興味など無い。行きたいなんて微塵も思わない。たまに、本当にごく稀に、あそこにいた頃のことが思い出されるが、懐かしいとも思わない。確かにあそこは私の生まれ育った故郷だけれど、そんなことは瑣末事だ。今の私はユラユラ界の神様なのだから、ユラユラ界のことだけ考えているべきなのだ。

 私はごろんと寝返りを打った。

 新しいユラユラ界での生活は快適だった。花澄の創った世界は、とても美しくて、完璧で、平和そのものだった。


 やがて新しいユラユラ人も増えてきて、花澄が彼らと仕事を分担できるようになった。私が花澄に会える時間は増えた。

 とても嬉しい。

 花澄と一緒にいられるのが一番幸せだと思う。


 今日も私は花澄と他愛のないおしゃべりをした。

「今日はねぇ、冴子」

「うん、何?」

「さっき面白いことがあったんだぁ。ユラユラ人たちが冴子のために、儀式で踊る踊りを考え出してたの。自分たちだけで!」

「……へえ、ユラユラ人たちも、もうそこまで成長してるんだ」

「そうなんだよぉ。面白い踊りだったよ。ヘビの体を活かしてぐねぐねうねるような動きをしていたなぁ」

「へえ、私も見てみたい。儀式、楽しみだな」

「そうだねえ。それに、この成長スピードだと、ユラユラ人たちもそろそろ食事をしたがるようになるかも。そしたらまたたくさんのユラユラ人が、狩りのためにウツツ界に繰り出すようになるね」

 へえ、と私は言った。

「それは良いことだね」

「だよね! 祓い屋も壊滅したから、邪魔も入りづらいだろうし。私、今度の冴子の食事の調達の時に、信者を何人か一緒に連れて行こうかなぁ」

「良いと思うよ。……今回のユラユラ人は、ウツツ界に行ったらどんな姿になるのかな」

「さあねえ。でもきっと、またクラゲ型だと思う。これまで創ってきたユラユラ人はみんな、あっちではクラゲみたいになってたから」

「そうなんだ」

「そうなんだよ。見に来る?」

「うーん」


 私はしばし考えたが、首を横に振った。


「いいや。あっちは私にとってはつまらないだけだし……私はユラユラ界で待ってるよ」


 そう言うと花澄は何故か嬉しそうな顔をした。


「そっかぁ〜。そうだよねぇ」

「何か嬉しいの?」

「うん。冴子が新しいユラユラ界を気に入ってくれて、凄く嬉しいよぉ」

「もう。気に入ってるって、いつも言ってるのに。飽きないね」

「何度聞いても嬉しいんだぁ」


 花澄は祭壇の部屋の床で胡座をかいて私を見上げていたが、すっと立ち上がった。


「じゃあさっそく希望者を募ってくるよ。……あ、そうだ、次の食事はどんな人間がいい? リクエストがあればお応えするよ」

「うーん、そうだなぁ」


 私は考え込んだ。


「今は高校生女子の気分かな。生き生きとした未来ある若者の肉で、程よく柔らかいやつ」

「分かったぁ。探しておくねぇ」

「いつもありがとう」

「いえいえ、これも我らが敬愛する神様のためですから。それじゃ、今日はこの辺りで失礼するよ。おやすみなさい、良い夢を」

「うん。おやすみなさい」


 私は微笑んだ。もちろん花澄の目には私の顔が見えないのだけれど。

 花澄が出ていき、私は祭壇の上で思いっきり伸びをした。ちょうどいい具合に疲れていた。今日はよく眠れそうだ。それは良いことだった。私が元気でいれば、ユラユラ界のみんなも元気でいられる。


 私は目を閉じた。

 明日は何をしよう。ずっと閉じこもっていて退屈だったから、出来上がったばかりのこのユラユラ界を探検するのも悪くないかもしれない。ユラユラ人はまだ数が少ないから、町なんかは形成されておらず見どころも特に無いのだけれど、それでもたまに散歩で体を動かすのは気分転換にうってつけだった。


(毎日幸せだな)

 つらいことは何もない。この幸福に満ちあふれた世界で生きていけるのは、何と幸運なことだろうか。


 ユラユラ界がよりよく発展していきますように。ユラユラ界に、幸あれ。


 私はそう祈って、眠りに落ちた。




 おわり

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異界ユラユラ 白里りこ @Tomaten

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