第48話 消滅


 本部に到着すると、入り口で見覚えのある顔が私を出迎えてくれた。

「月宮さん!」

 私は声を上げた。

「あの後、大丈夫でした?」

「はい、お陰様で救急車が来てくれまして、病院で処置を受けられました。……この通り、利き腕は失くしてしまいましたが」

 確かに月宮さんのスーツは、右肩より下がぺろんと垂れ下がっていた。私は申し訳なさで胸がいっぱいになった。

「すみません。私のせいで」

「何言ってるんですか。木嶋さんは何も悪くないでしょう」

「でも」

「気にしないでください。この仕事に就いた時から、多少の危険は覚悟していましたから」

「……そうですか……」

「ほら、暗い顔しないで。元気出してください。ユラユラ界で頑張った分、ここでしっかりと休むんですよ」

「はい……ありがとうございます」


 私は石野さんの後に続いて本部の中に入った。

 石野さんは本部のスタッフから励ましを受けながら、左の方へと案内された。私は、月宮さんに、以前使わせてもらったのと同じ部屋に案内された。

「また私が護衛につきますから。気にせずリラックスしてください」

 月宮さんは扉付近の丸椅子に座った。

「あ、では、ありがたく……」

 私はベッドに潜り込んだ。

 時刻はとっくに夜中の十二時を回っていた。

 これまで過剰に気を張っていたせいか、どっと疲れが押し寄せて来た。制服のブレザーを脱いで畳むと、私はすぐに眠りに落ちた。


 次に目が覚めた時は、朝になっていた。

 部屋の中には誰もいなかった。

「え? 月宮さん?」

 お手洗いにでも行っているのかと思ってバスルームを窺ったが、そこにも月宮さんはいなかった。

 おかしい。こんなことは以前来た時は無かった。どうしたのだろう。


 私はスマホを出して、月宮さんと光川さんに連絡を入れようとした。だが何故か、何度やっても送信失敗になってしまう。

 何だかまずいことになってきたぞと私は思った。

 ひとまず廊下に出てみよう。誰かいるかも知れない。私は身だしなみを軽く整えて、扉を開けた。

 そして息を呑んだ。

 扉の先にあったのは、本部の廊下ではなかった。

 うんざりするほど見飽きた、赤い水の広がる風景が、そこにはあった。


「ど、どうして」

 動揺のあまり呟いた。

「ユラユラ会は滅んだはずなのに」

「そうだよぉ」


 背後で声がしたので、私はびくっとして振り返った。

 白いワンピースを着た、傷一つない花澄が、嬉しそうに立っていた。


「やっと見つけられた。冴子を探すの、苦労したんだよぉ」

「え、だって、私、結界の中にいて……護衛だってついてたのに」

「護衛? ああ……あの女ね。懲りずに私に攻撃をしかけてくるから、面倒臭くなって殺しちゃった」

「えっ!?」

 私は血の気が引くのを感じた。

「月宮さん……!」

 ショックを受けている私を他所に、花澄は話を続ける。

「やっぱり結界があったんだねぇ。冴子の気配がウツツ界のどこを探しても見つからなかったから、逆に特定できたよ。冴子は、私が感知できない空間にいるんじゃないかってね」

「……で、でも、どうやって入って来たの。結界の中なら怪異に近づかれないって聞いたんだけど」

「簡単なことだよ」

 花澄は愉快そうに笑った。

「確かにあのままじゃ私は入れなかった。でも、私は、異界を作り出せる存在だよ? だからあの建物を含む周囲一帯の空間に、新しいユラユラ界のゲートを作ったんだ。そうしたらあそこはもう私のフィールドだから、何だってできる」

 何を言っているのかよく分からないが、祓い屋さんたちにとっては一大事だということは理解できた。


「祓い屋さんたちはどうなったの。みんなどこへ行ったの」

「ああ、粗方殺したよ。遺体ならウツツ界に転がってるんじゃないかな」

「そんな……!」

「まあ、どうでもいい話はおいといて、重要な話をしようね」

「どうでもいいわけないよ!」

「ずっと違和感があったんだ。冴子の心をなかなか読み取れなくて。洗脳した時もあんまり手応えが無くて。でも、寝てる冴子をつぶさに観察したら、原因が分かった。……それのせいだよね?」

 花澄は私の胸を指差した。

「魔除け道具っていうんだっけ? その心臓にくっついてる変なやつ」

「……!」

「外そっか、それ」

「絶対嫌」

 私は後ずさった。

「大丈夫、私がやれば簡単に外せるよぉ」

「嫌だってば」


 私は更に数歩後ずさる。だが花澄は大きく一歩踏み出して私にずいっと近づいた。私はくるりと体を翻して、さっきの部屋に戻ろうとした。赤い水の上に白くて四角い小さな建物がある。開け放しの扉から、私がいた部屋が見える。私は脱兎の如くその部屋に飛び込むと、扉を閉めて鍵をかけた。

 だがすぐに、大きな音がしたかと思うと、扉が丸ごと外れて部屋の中に倒れてきた。


「逃げることないのにぃ」

 花澄がずかずかと入ってくる。私は部屋の隅まで追い詰められて、逃げ場をなくした。

 花澄は私の前に立つと、腕をまっすぐ伸ばして、私の胸の真ん中に拳を突き刺した。

「ひえっ……」

 異物が侵入して来たせいで不快感が物凄かったが、痛みは無かった。血も出ない。そして、動けない。体が固まってしまっている。

 しばらく私の心臓を探っていた花澄は、とうとうあのブローチを見つけた。心臓にぴったりとくっついていたそれを、難なく剥がして、握り込む。それが済むと花澄の腕は私の体内から出て行った。

 体に空いた穴はすぐに塞がった。制服にも穴は空いていない。


「これねえ」

 花澄はブローチをくるくると弄ぶと、人差し指と親指の間でグシャッと潰してしまった。

「あ……」

 私の中でぷつりと希望が絶たれた。


「さあ、冴子」

 花澄はいつもの柔らかい微笑みで私を見た。

「もう一度、始めよっか」

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