俺の部屋でお話しない?

今日の戦場は廃墟街だ。

窓は割れ、コンクリートの壁は崩れ落ち、砂煙が上がって町中がどんよりした粉塵にまみれている。


コンクリートの障壁に背中をくっつけて敵の様子を伺った。

敵の数はあと3人

ゾンビの仲間はを従えた俺の部隊は5人

俺の短銃では届きそうにないので、ロングライフルを持っている仲間にクンクリート壁から構えさせた。


小さな物音や敵の動きを逃さないように五感をフル活用してあたりを見渡した


この辺りにはきていないのだろうか

全く反応がない


と、そのとき

ライフルを構えさせていた仲間に一瞬赤いレーザーの照準が当たった

「伏せろ!」

叫ぶが早いか、打つのが早いか、身を隠していたコンクリートの壁が音を立てて崩れる

素早く次の障壁へ移動するがその間にもう一発銃声が鳴り響き、俺の右足に命中した


幸い、打たれた時の衝撃はあるが痛みは伴わない

手に入れた防護服が役に立ち、ふくらはぎの一部をえぐられただけで済んだようだ

ロングライフルを持っている仲間のゾンビが申し訳なさそうな顔をしながら包帯を差し出している

「ありがとう。使わせてもらうよ。」


俺の負傷が代償にはなったが相手の位置と武器はだいたい把握した

「あっちの壁だ。人に当たらなくていいからあれを狙え。崩れたらしびれをきらせて出てくる。そこをぶち抜く。いいな」

「あうあう。」

「了解」だよな?たぶん。構えてくれてるし。


敵の位置を把握しているのは向こうも同じだ

少しでもこちらが動けばすぐに仕掛けてくるか、いったん引くだろう

またどこに行ったかわからなくなる前に


ん?

こちらへ向かって走ってくる足音が聞こえた

「聞いたか。今の。」

「う。」

だから、それは肯定か否定かどっちだ

「足音は2人だ。挟み撃ちにしたいんだろうがゾンビの聴力を甘く見たお前らにもう勝利はないとわからせてやるぞ。」


胸元の無線で離れたところで待機しているゾンビに指示を出す

「装備完了してるか?お前の防御力はずば抜けて高いが万が一もある。持てるだけの防具を身に着けて叫びながらこっちに走ってこい。他の奴は全力でこいつのフォローだ。いいな、いくぞ?」

「いち、にの、さん‼」

「う?」

「う?じゃねえ、さんっで行くんだよ。言ってなかったっけか。ほら、行けー‼叫べー‼」


「うぉぉぉぉぉおおお」


けたたましい叫び声で相手の注意が向こうへ逸れた

連続した低音の銃声が鳴り響く

「頼むから無事であってくれよ。」

少し前では考えられないほど、俺もゾンビ思いになったもんだな。


「こちらも作戦通りいくぞ。準備いいな?よし、撃て!」

相手の潜む障壁はライフルの重い一発で簡単に壊れた。

粉塵の舞う向こうにケモ耳が揺れている

被りものか?ふざけた服で戦いやがって

こちとら破れかぶれのTシャツとショートパンツだぞ

布の量に差別があるだろうよ

いますぐ身ぐるみはがしてやろうか


俺のすぐ隣にいた女の子ゾンビが飛び出した

「待て!お前は・・・」

俺の推しなんだから


ダメだと伸ばした俺の手をかすめて障壁を飛び越え、女の子ゾンビは目にもとまらぬ速さで銃弾を撃ち込んでいく

敵もそれに気づき女の子ゾンビに照準を当てた

赤いレーザーが額に光る

「やめろ。下がってこい。」


大きなライフルの銃声が響いた

女の子ゾンビの体が大きく跳ねて空を舞う


あぁ、まだなにも伝えられていなかったのに

遠回しに変なことをせずに玉砕覚悟で告白すればよかった

あなたにきちんと「好きです」と言えばよかった


デートして、手つないで、いろんな話して、君をもっと知りたかったのに

たとえ姿がゾンビであっても、会話が成り立たなくても、君への気持ちは本物だったのに


俺は無心で女の子ゾンビに駆け寄って抱きしめた

ぬくもりは感じられず、それでもきめ細やかな肌は柔らかく心地よい

すべて緑色の霧となって天へ昇っていってしまうのだろうか

悲しみに打ちひしがれてもなお涙が頬を伝うことはなく俺の心は埋まらない


パッパラパーン


俺の脳内に勝利を告げるファンファーレが鳴り響いた

『おめでとうございます。あなたたちの勝利です』


うるせえな

勝ちなんていらないんだよ

俺はもう終わってんだよ


え・・・?


顔を上げれば障壁の向こうで赤い煙が上がっている

振り返ればゾンビの仲間がライフルを掲げて嬉しそうに体を揺らす

さらにその先でも赤い煙が二本上がり、俺たちゾンビの印である緑の煙はひとつも上がっていない


これは、どういうことだ


呆然とする俺を見た仲間のゾンビがにやけ顔でこちらを指さしていた


「むぅー。」

俺の腕を押し返す感触と、小さなうめき声が聞こえた

抱え込んだ腕の中で恥ずかしそうに視線をそらす女の子ゾンビが小さくなってそこにいる


「なんで。」


仲間は「俺のほうが早かったんだ」とどや顔で胸を張った

女の子ゾンビが前衛で攻撃を仕掛けている間に照準を合わせてぶち抜いた

そして相手がこちらへ致命傷を負わせる前にこちらが勝利したと、なるほど合点がいった


向こうで待機していた部隊も軽やかな足取りで合流している

ありったけの装備を持たせていたゾンビも一部を外し爽やかな笑顔を浮かべる

その両側で銃を持ったゾンビがお互いの肩を叩いて健闘をたたえ合っているように見えた


「お前たち・・・」

自分たちで判断して敵をやっつけられたじゃないか

俺たちはもうやられるだけのゾンビではない


誰も欠けることなく戦いを終えられたのだ

安堵の深いため息が漏れた


誰かが腕を優しく叩く

「うー。」

少し怒ったような照れたようなむくれ顔で離せと訴えている

「あ、ごめん。怪我は?」

「うーう。」

「あ、そう。よかった。これは、その、ちょっと、心配で、えへ・・・。」

俺は話した腕をごまかすように頭を掻いた


すっと立ち上がって離れていく女の子ゾンビを呼び止めた

「あ、ちょっと・・・その・・・。」

女の子ゾンビは振り返って小首をかしげている

「す・・・すぅ・・・・すぅぅぅ・・・。」


好きです。付き合ってください。だ。

男になれ、俺。

こんな状況なんだ、いつ何があったっておかしくない

気持ちはちゃんと言葉に出して伝えておかないとあとで後悔したって帰ってこないんだぞ


「はじめて会った時から、気になってて。だから、あの・・・」


「俺の部屋でお話しない?」


女の子ゾンビはそっぽを向いて仲間のほうへ行ってしまった

それを見た俺の仲間はあれじゃだめだと言いたげに首を振っている


だってよく考えたらこんなに大勢いる前で告白なんてハードル高いなって思ったんだもん

だから俺の部屋でふたりっきりでゆっくり気持ちの整理がついたらって思ったんだもん

決して、けっして、下心なんて、ほんのこれっぽっちも抱いてるわけないじゃないか

そうだろ?

だって、『恋』は下に心がついてるから恋なんだぜ






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フル装備ゾンビラブ難儀 紅雪 @Kaya-kazuha

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