第5話 本体
田舎の県庁所在地といえど、似たようなビルは立ち並んでいる。
「何処だあ?」
会社名を携帯に打ち込み、地図とにらみ合いを続け、ようやっと近くまで来た気がする。
ビルの壁に会社名を書いた看板がないか目を凝らすが、なかなか見つからない。
見る方向が違うのかもしれないと思い、別の角度から見れるように場所を移す。
鍵を拾ってから既に2時間は経っている。
もしかしたら重要な部屋の鍵かもしれないので、早めに渡してあげたい。
会社の鍵って、一括で管理してたりしないんだろうか。外に持ち出せるもんなのか。
そんなことを考えながら、頭を回していると、視界の端に探している会社名が映りこんだ気がした。
「あっ───」
「ぐえっ」
背中に衝撃を感じ、同時に当たった相手のうめき声が後ろから響いた。
振り返ると、頭を抱えて蹲った女性の頭部が見えた。
「すいません! 大丈夫ですか? 俺、よそ見してて気づかなくって……」
「うう……、いえ、うつむいて歩いていた私が悪いので」
向けられた顔は、今朝見た女性の顔に似ていた。というか本人だった。
ただ、朝見た時より余計に疲れ切った表情の彼女に、俺は鍵の事を言うよりも先に、思わず「大丈夫ですか?」と声をかけてしまった。
それを聞いた彼女は、何故か驚いた顔をして、そしてだんだんとその顔を歪めていき、遂には泣き出してしまった。
昼間に近い時間帯の、人通りの多い、ビル街のど真ん中で。
「え、ちょちょちょ! ……え?! え、なんで⁈ え、俺なんかまずいことしました⁈」
「うわああああああ……、ちが、ひっく、違いますう、ああああああああ……」
俺のせいでないことを辛うじて伝えつつも、彼女は泣き止まなかった。
まるで限界まで閉じ込めてたなにかが溢れだすように、彼女は公衆の面前で泣き続けた。
周りの視線が気になるし、目の前で女の人が泣いているというあまりに異常な事態に俺はどうすれば良いのかわからず、脳内は空回りをしていた。
数秒して、カバンにポケットッティッシュが入っていることを思い出し、慌てて取り出す。
「これ。よ、よかったらどうぞ……」
「ううう……、ひっく、ずびばぜん……」
ここだとあまりにも目立つので、街路樹の一本を囲むように設置されたベンチに連れて行く。
彼女が多少落ち着いてきたところで、一言残し、コンビニに向かう。
何が彼女の好みか分からなかったのでカフェラテにしてポーションカップ(液体の砂糖のやつ)を手に取る。ついでに自分はオレンジーナを買っておいた。
「どうぞ」
戻ってきた時には、彼女は泣き止んでいて、ティッシュで目元を拭いていた。
彼女は俺の差し出したカフェラテとポーションカップを驚きながら受け取り、カップの熱さに戸惑いながら口をつけた。ポーションは使わなかった。
「ご、ごめんなさい。急に泣き出したりして。……あの、これも、お金返します」
「いいですよ、それくらい。奢らせてください」
彼女はあわてて財布を出そうとしていたが、俺はそれを手で制した。
「でも」
「おれも学校初めてサボって、なんか無性に誰かに何かしたい気分だったんで」
我ながらに訳の分からない言い訳だなと思ったし、彼女も変な顔しつつも財布を締まってくれた。
改めて、彼女の顔を観察する。
涙で化粧が大分崩れてしまっているが、間違いなく朝見かける女性で間違いない。
つまり、この鍵の持ち主だ。
鍵をポケットから取り出そうとして、ふと思いとどまる。
この鍵を渡してしまったら、今の状況が終わってしまうのでは?
正直、毎朝見ていた人だ。結構気になっている。
ここで鍵を渡して離れてしまえば、もう話すことは出来ないかもしれない。
勇気がいる。
でも、それ以上に俺はこの人と話がしてみたい。
「あの、よければ、なんですけど、話を聞いても……?」
「……え?」
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